ユメウツツ

君ありて、幸福

A friend in need is a friend indeed

雨の日は、何故だか人恋しくなる
そんな気持ちを知ってか知らずか
雨の日は、友人から電話が来る

「おう、襲だけど」

「おはよう、どうしたの?」

「暇だからお前の家行くわ」

「ふふ、決定事項なんだ?」

「なんならもう着いたしな」

インターホンの音が鳴り、モニターを観ると
通話している襲の姿が映っていた

「わぁすごい、メリーさんみたい」

通話を切り、オートロックを解除すると
しばらくして玄関から鍵音がした

襲とは仕事での打ち合わせや今日のような日に集まることが多い事と
何かあった時に一番頼れるのが彼という理由で
他の二人には秘密にして合鍵を渡してある

リビングに入って来くるなり紙袋を渡された
毎回、手土産を持って訪問する辺り彼の律儀さが伺える

「これ、お前が食いたがってたイカ焼きまんじゅう

「え!イカ焼きまんじゅう?!
俺の家と逆方向のお店のやつだよね?
わざわざ寄って買ってきてくれたの?
ありがとう!一緒に食べよっか!!」

と、満面の笑みでお誘いするも…

「いや、俺はいらねぇ…1人で食え 1 人 で 」

あからさまに嫌な顔をされ断られてしまった
美味しそうなのに、イカ焼きまんじゅう

「お前イカ焼きが絡むとちょっと黒雨っぽさ出るよな」

「ウッソ…俺あんなワガママボーイ?」

「あー違う違う、なんつーかテンションが?
ケーキとか前にした時の黒雨みたいな」

「うっ、そう言われると否定できない…誰しも好きな物の前では幼くなるんだよ、きっと」

苦笑いしながら襲をダイニングテーブルの席に案内してからキッチンに向かい
襲の分のコーヒーと自分の緑茶を淹れて戻ると
対面に座ってイカ焼きまんじゅうの包みを開けた

「見た目はただのお饅頭なのに香りがイカ焼き…すっごい違和感、でも美味しそう」

まじまじとまんじゅうを見つめていると
頬杖をついて俺の顔をじっと見てきた
元々、表情が乏しい彼の顔から
感情を読み取るのは難しいが
「どうぞ、召し上がれ」と言われたので
素直に食べ始める

「…うわ、イカ焼きだ、これイカ焼きだよ襲」

イカ焼きまんじゅうだからな」

「いやいやいやいや、凝縮されたイカ焼きだよこれ
味がすごくイカ焼き、すごい、美味しい」

「そりゃよかった」

そう言った彼の口元は少し、笑っている気がした
語彙力なくなってるとか思われているのだろうか
しかし口の中いっぱいイカ焼きの味なのだ
そうとしか言いようがない

緑茶をお供に3個ほど食べて、残りを戸棚に仕舞う
その間ずっと襲に見られていた訳だが

「…襲、ちょっと俺の事見すぎじゃない?もしかして俺なにか変?」

「いいや?」

「本当に?じゃあ何?嫌とかじゃなくて気になる…」

「俺も気になる」

「んん?」

「お前見てると落ち着くけど、理由が分かんねぇから気になる」

はいはい、なるほどいただきました
俺が女性なら恋に落ちてるやつ
駆け引き始まっちゃうやつです皆さん
イケメンにしか許されないやつです

「俺も襲といる時が一番落ち着くよ」

…というか、例の二人がいない時は大体落ち着くけど
襲は心の友みたいな、戦友感がすごい

「うわ、お前タラシかよ…イケメンにしか許されねぇやつじゃねーかそれ
良かったなお前イケメンで」

そっくりそのままお返ししたい
特大ブーメランにも程がある
あとナチュラルに褒め言葉も忘れないところ
君は本当にそういうとこです
本当に狡い

照れ隠しに席を立ちカーテンを開けて窓の外を見ると
朝早くから降っていた雨は激しさを増していた

「うーわ、これ止むのかな?さながら台風だよ
もう少し落ち着かないと帰るの危ないね
まだ午前中だし、襲しばらく居なよ
今日はお昼トマトクリームパスタ作ろうと思ってるんだけど、苦手じゃなければ食べてって」

ベラベラと一方的に喋っていると
いつの間にか隣に立って外を見ていた襲に
頭をコツンと優しく小突かれた

どういう事か分からず固まった俺に
今度は襲がつらつらと単語を並べる

「社会、家族、仲間、仕事、責任、孤独、集団、リーダー、生活、将来、過去、現実、夢、偽り、傷、痛み、雨…」

ゆっくり静かな声で並べられた単語を
ただ聴いていただけだったけれど
気付けば俺は固まったまま泣いていた

「はい、お前頑張り過ぎ、一人で全部やらなきゃとか考えて抱え込み過ぎ」

「…今の、どういうマジック?」

「さぁ?忘れた、つーか多分やり方も間違ってる
けど、効果あったなぁ…咲玖」

今日、初めて名前を呼ばれた事に気付いた
襲は割と"お前"とか"おい"とか言うタイプだから
特に気にならなかったけれど
このタイミングで、そんな優しい声で呼ばれては
自分の心の内に堰き止めていたものが
決壊するのには充分だった

もう声を出して泣くほど子供じゃない
嫌だと喚き散らすほど今に疲れた訳でもない
ここで全て投げ出すほど嫌いになった訳でもない
強がりじゃなく、俺は皆が好きだ
仕事も、家族も、仲間も、皆…
俺の世界にあるものを愛してる

だけど、人間誰しも日常の中に
避けて通れない不平不満や悩みがある
例えば友達に愚痴を聞いてもらったり
例えば趣味に没頭して発散したり
そうやって皆生きている
俺は、そういうストレスの消化が苦手だ

気付けば心の隅どころか、心の全てがそれで満たされていて
自分ではどうしようもなくなって、体調まで崩す始末
それもただの風邪として済ませて
ただ眠って、解消しないまま押し込んで
また同じことを繰り返してきた

「雨の日って誰でも憂鬱になりやすいだろ、特にお前
オフで雨の日の過ごし方言ってみろ」

「え…ぇっと、朝、起きて」

「起きんの何時?」

「6時…」

「んで?」

「身支度して、部屋の掃除…あと、ベッドカバー取り替えて、洗濯して、朝ごはん作って、ニュース…テレビと新聞でチェックして…」

俺は休みの日でも忙しなく動いていないと落ち着かない
とはいえ雨の日は外に出るのが億劫なので
家の中の事、次の日の仕事の事などあれこれ動く理由を探して過ごしている

「…休みの日なのに休めて無いのは分かってるんだけどね
止まってると色々、考えちゃうから
多分、無意識に避けてたんだと思う」

しばらく涙は止まらず
俺は呆けたまま泣き続け、襲は黙って傍に寄り添ってくれた
ただただ、その静かさと襲の体温が俺には心地よかった

ふと気付くと寝室のベッドで寝ていた
泣きながら襲にもたれかかり眠ってしまったのだろう
疲れた目を擦りながら起き上がると
キッチンのほうから良い匂いがした

そっと様子を見に行くと襲がコンロの前に立ち
何やら料理をしていた

「えっと、寝ちゃった…ごめんね?
運んでくれたんだよね、ありがとう」

フライパンを回していた手を止めてこちらを見やると
何事も無かったかのように短く「おう」とだけ言って
また料理に戻った

「何作ってるの?」

「トマトクリームパスタ、今日の昼メシだろ
俺も食ってく…つーか今日、泊まるわ」

「決定事項?」 「決定事項」

即答されて思わず笑ってしまう

「なに笑ってんだ、問題でもあんのか」

「んーん、ふふっ 無いよ、着替え貸すね」

それから、二人でお昼を食べて
食後にも関わらずゴロゴロして
他愛もない話をしながら、ゲームして
おやつ時にはまた襲がキッチンに立って
美味しいドーナツを作ってくれたので
俺はとっておきの紅茶を淹れてティータイムを楽しんだ

カーテンの隙間から見えた空は晴れていて
朝の豪雨が嘘のように差し込む西日が眩しかった

目を細め、窓越しに見た青空を
優しく流れるこの時間を与えてくれた
友人に…いや、親友に心から感謝しよう

「ねぇ襲」

「んー?」

「晩ご飯は焼き魚がいいな…大根のお味噌汁と、ほうれん草のおひたしも食べたい」

こんなこと、ワガママだと思って
今までお願いした事無かった
けど、許されているのなら俺は
もう少しワガママになっていいのかもしれない

「はいよ、食後のデザートはいかが致しましょうかお客様?」

「ふふ、プリンアラモードでお願いします」

「客は俺だろツッコめや」 「…あっ」

今日は雨のち晴れ
平日の昼下がり、俺達は笑いながら
穏やかな1日を謳歌した

そして、そんな休日の過ごし方は恒例となり…



「おう、襲だけどお前の家着いたわ」

「もはや今から行くって前置きも無くなったね?」

「必要か?」
「ふふ、いや大丈夫」
「はよ開けろ」
「はぁい」

とある休日、また穏やかな時間が始まる。














End.




著 恩田啓夢