ユメウツツ

君ありて、幸福

VanneSTORY 惹かれるもの

「シーン72 カット6 テイク2!」

 

助監督の掛け声と共に

カチンっとボールドが鳴り演技が始まる

 

「...俺の事、本当にもう好きじゃないの?」

 

目の前にいるのは昔の彼女

俺は彼女と再会し、別れたことを後悔して

彼女の気を引こうと必死になる

 

そんな"役"

 

「カット!OKでーす!ちょっと休憩にしましょう!10分後、再開します!」

 

カットがかかるとフッと力が抜ける

中には憑依型と言ってずっと役になりきっている役者さんもいるけれど

俺はON/OFFハッキリしているタイプだ

 

「はぁ、今回は全っ然 役に感情移入できねー...元カノと再会して未練が目覚めるってか?俺には元カノもいないっつーか恋愛感情もねぇっつーの」

 

「なにボヤいてるの冬羽?」

 

「あ、咲玖たぁん♥なぁなぁ俺ちゃんと未練がましい元カレ役できてる?」

 

「うん?大丈夫、ちゃんと表情も声色も役に合ってる

さっき監督もモニター見ながら頷いて満足気だったよ」

 

「よかったー...なんせ経験ねぇもん、何が正解かわっかんねーっての」

 

今回は咲玖も同じドラマに出演している

俺にとっては大変嬉しいキャスティングだ

役は元カノの旦那なんていうかなり相容れない設定だけど

 

「経験...かぁ、そう言えば冬羽は恋愛感情が分からないんだったね」

 

「そうそう、前ちょっと襲に相談してみたんだけどよく分かんなくってさー

咲玖は恋したことある?つーか絶対あるよな、なんか大人だもん」

 

「なーにそれ、ふふ...俺はまだまだ大人とは言えないよ

でも、そうだね、それなりに恋はしてきたかな」

 

「やっぱりー!!ちなみにどんな恋?」

 

「どんな...んー、普通だよ

相手を可愛い人だな素敵な人だなって思って...近付きたいって感情が生まれてね

話しかけるために色々と理由を作ってみたり

分かりやすく優しくしてみたり」

 

「え、まじピュアなんですけどー

なんなの?咲玖たんは俺への好感度を上げてどうする気なの?口説くの?」

 

「どうもしないし口説かないよ(笑)

冬羽が聞いたんじゃない」

 

「いやー、そんな絵に描いたような恋は漫画で間に合ってるから

もっと変わり種の恋ねぇの?」

 

「なに変わり種の恋って...それこそ漫画的だと思うよ

恋なんて本当はそんなものだよ

普通に惹かれて普通にアタックして普通に結ばれたり振られたり...ね」

 

「ちなみにキス出来るってのは恋とは...」

「言えないね、キスしたいって思うのが恋かな」

 

襲と同じ事を言われた

なんとなく分かってたけど

というか、普通に惹かれて...のところから躓く俺は一体なんなんだろう

 

「冬羽ー?もうすぐ撮影再開だよ?」

 

「えっ、あ、おう!」

 

スタッフから貰った紙コップのコーヒーを飲み干して

立ち位置に戻る

 

「冬羽!」

 

「?なーにー」

 

「別に女の子じゃなくていいよ、君が惹かれるものを想像してごらん!それを人に盗られたと思って演じてみて!」

 

「俺が惹かれるもの...? 」

 

 

 

 

 

「シーン75 カット2!」

 

カチンっとボールドが鳴り演技が始まる

 

(俺が、惹かれるもの...それが他人に...)

 

「ああ、無理だ...諦めるなんて...

そんなこと俺には出来ねぇ!

絶対にお前を取り戻してみせる!

何があっても、絶対に...絶対にだ!」

 

「...」

 

「あ、カ カット!OKです!!」

 

掛け声の後に周りがざわつくのが分かった

 

「あのー...今のなんかおかしかったっすかね?」

 

恐る恐る監督に聞いてみる

 

「逆だよ逆!冬羽くん今のいいよー!

もちろん今までのも良かったけどね、やっぱり演技感が残ってたんだよね

今のは全然、感情の乗り方が違ったよ!

次もその感じで頼むよー?」

 

思わぬ言葉に咲玖の方を見ると

OKサインを出してニッコリ笑ってくれた

 

「...はい!がんばりまっす!」

 

俺は気合いを入れ直し

咲玖のアドバイスを意識しながらその後の演技を無事に終えた

 

 

 

 

 

「カット!OK!これにて冬羽さんオールアップでーす!」

 

「ありがとうございましたー!」

 

パチパチと周りが拍手を送ってくれる中

咲玖が花束を渡してくれた

 

「冬羽、お疲れ様 最高の演技だったよ」

 

「へへっ、咲玖たんのおかげ!本当にありがとな!」

 

「どういたしまして

ところで、一体なにを思い浮かべたの?冬羽が惹かれるもの...」

 

「ん?知りたい?それはー...」

 

 

 

 

 

それは..."Vanne"

俺が惹かれて仕方のないもの

人も、事務所という場所も、皆との時間も

どれも他人に奪われたくない

どうしても惹かれてしまうもの

きっとこれからも諦められないもの

 

愛しい...俺のすべて