ユメウツツ

君ありて、幸福

アンハッピーバレンタイン

バレンタイン…それは好きな人にチョコレートをあげたり
思いがけず貰えたり、兎にも角にも男女を始めあらゆる人々が一喜一憂するイベントである。

─────AM9:00 冬羽の自宅
「ちょっこれぃと、ちょっこれぃと、ちょこれぃとぉは〜…どこだっけ…美味しければどこのでもいーけどなー」

毎年、ファンからVane宛に大量のチョコレートが届く
残念ながら手作りのものは弾かれ、既製品かつ未開封だと事務所が判断したものだけが渡される

「今年は何個あるかなぁ…いっぱいかなぁ!困っちゃうなー!」

にやけ顔で身支度を整えながらチョコレートへ思いを馳せていると
窓の方からコツンと小さな音がした
気にするほどの音でもなかったが何となく見やると
2回ほど不思議な音がした後

ガシャーン!!

見事に窓ガラスは割られ、家の中に黒い物体が転がり込んできた

「なんっ、な…ど、えっ?」

狼狽える冬羽を他所に黒い物体はむくりと起き上がるなり叫んだ

「あーーー、このクソイベント日本に持ち込んだ奴ら殺したぁい!」

「黒雨くーん?!」

「ほんっとにさぁ、僕の散歩を邪魔した挙句?チョコだのクッキーだの何人も何人も!僕が!食べるわけ!ねぇだろ!」

怒り心頭の彼は割った窓など意に介さずズカズカと部屋の中を進むと、乱暴な音を立ててソファに座った

「あのぅ、黒雨くん…窓が…」

「仕方ない、僕が割りたい気分だったんだから」

近頃すっかり本性を隠す気が無くなった黒雨は
特に冬羽の前で傍若無人だった
それはもう暴君のように…

「今日、散歩に出るのは黒雨くんにはオススメ出来ないなー?なんか、もう手遅れだけども」

苦笑いしながらとりあえず割れた窓ガラスを片付けつつ
彼が道中どんな目にあったのか想像して
人間嫌いの彼にはさぞストレスだっだろうと同情してみたが
割れた窓ガラスを見つめ、やはり理不尽だなぁと再度苦笑いするしかなかった

「はぁ、安心しなよとーわ…窓ガラス代はあげるよ」

「…あ、あざっす」

「どうせ君は事務所に届いているであろうチョコレートの事を想って浮かれてたんでしょー
既製品かつ未開封だからなんだっていうの?注射器でもあれば毒でも何でも入れられちゃいますけどー
そもそも外側に自分への好意を抱いてる知らない人間の手が触れてる時点でキツイ」

「そんなに無理?いや、黒たん的には無理なんだろうけどさ…ちょい荒れすぎじゃね?」

ひとまず窓枠にはネットショッピングした際に荷物が入れられていたダンボールを貼り
冷蔵庫から適当に取り出した缶ジュースを手渡しながら
黒雨の隣に座り顔色を伺ってみる

「例えばこのジュースは飲めるじゃんね」

「まぁね、冬羽からならいいよ…良くないけど許容範囲内だよ」

「んー…やっぱ知らない人間で好意を抱いてるっつーのが無理だと…?」

ジュースを開けてひと口飲み
その言葉に一瞬動きを止めたあとテーブルに缶を置きつつ
ドサッと冬羽の膝へ倒れ込む

「ねぇ、僕こうして君に凭れ掛かるのは今や平気なんだよ
もちろん人間は嫌いだ…怖いし、憎い
けれども、君は無害だ
それだけは知ってる…嫌という程知っているから
いいんだよ君はさ」

「?」

「生きとし生けるもの全て愛する君には解るまい
顔も知らぬ人間共から、得体の知れぬ好意を持って、物が贈られてくる恐怖ときたら
はは、考えただけで震えが止まらない」

言葉通り黒雨の小さな身体はカタカタと震えている

「なんか、理解は出来ねーけど判るよ…あー、言葉が難しいな」

「いや、伝わるよ大丈夫
君は解らなくても仕方ない…なにせ僕の対だもの
前まではこんなにも疲れはしなかった
単純に新人で仕事もファンも少なかったから
まさかね、年々増えるとは思わなかったんだよ
また僕の可愛さが仇となった…」

暗い眼で笑いながら彼は、静かに息を吐き身体の震えを止めると
目を閉じ、そのまま眠ってしまった

あらゆる人々が浮かれ、楽しみ、幸せを謳歌する今日のような日は大抵
彼にとって最悪の日となる
その心労は計り知れない

また、非難こそされ理解はされず
とはいえ心底人間を嫌う彼には耐えきれず
どうしようもなく荒れてしまう

「…それでも俺は生きている黒雨が好きだよ」

すやすやと寝息を立て、もう聞こえない彼に
こっそりと伝えてみる

「何があっても、何をされても、愛してる」

友として…人間として…

「ハッピーバレンタイン黒雨、せめて最悪の日が普通の日に変わりますよーに…オヤスミ」

今日という悪夢が過ぎ去るまで。















著 : 恩田 啓夢 投稿バレンタイン過ぎた。めんご。