ユメウツツ

君ありて、幸福

『"だろう"とか思っているから』

「俺、死んだらどーなるのっかなー?とかそんな好奇心は薄れたんだけどさ、じゃあ果たして殺されたらどうなるのっかなー?なんて思い始めたんだけど、お前どう思う?

...ねぇ、黒雨」

 

二人きりの楽屋で

唐突に、けれどほぼいつも通りに

冬羽の"好奇心"が発揮されていた

 

違うことと言えば、相談する相手が違った

本当にいつも通りならばそこには襲がいるはずであり

そして襲はこれまたいつも通り『テメェを殺す手はねぇな』などと答えつつ阻止するはずだ

 

しかし今回、目の前の相談相手は黒雨

無邪気と邪気の塊で

無邪気が邪気を被り

邪気が無邪気を被った彼は

当然、襲のような答えはしない

そして、こんな相談をされても顔色ひとつ変えず

差し入れのケーキを食べながら言うのだ

自然に自然とこんな答えを...

 

「へー、ほー、ふーん

トワたんは殺されたいんだー

じゃあ今すぐ何もかも終わりにしようよ
僕が粛々と手伝ってあげる
安心して、直ぐ一瞬で尽く完全に恙無く軽率に悠々と安易に終わる
その気になれば命なんてそんなものさ
君はそれを!望んで!いるんで...しょっ!」

 

さっきまでケーキを突っついていたフォークの柄を握り込むと

躊躇なく頸動脈目掛けて振りかざした

 

「っ...ぅおぉあっぶね!」

 

間一髪のところで避けられたフォークが

冬羽の後ろの壁に突き刺さり止まる

 

「...ちょっとぉ、避けたら殺せないでしょー?って、あっ!抜けないぃー!」

 

しっかり壁を刺したフォークは簡単には抜けず

黒雨は唸りながらなんとか引き抜いた

 

「ぃや、いやいや黒雨くーん...まさか本当に殺されると思わねーじゃーん

トワたんビックリだわー

つーか、お前を殺人犯にはしたくねぇし!」

 

驚きと若干の恐怖で笑顔の引き攣る冬羽を他所に

何事も無かったように引き抜いたフォークで再度ケーキを食べながら話しを進める

 

「僕は別に殺人犯になってもいーよ

だって殺人したからって自然は汚れないしー

むしろ自然を汚す人間が減るなら結果オーライ?

あー、でも骨は残るんだよねぇ

人の骨って土に還らないんだよ...はぁ、全く迷惑だね」

 

(何の話をしてるんだ...)

 

完全に本来の"相談"からズレているし

例え本人が良しとしてもやはり友人を殺人犯にはしたくない

かと言って冬羽の相談内容に、その好奇心に嘘はないのだ

本当に殺されたらどうなるのか気になるし

もしさっきフォークを振りかざしてきたのが見知らぬ他人なら構わず刺されたかもしれない

 

「あのー、黒雨?俺は殺されたらどうなるのかなって思っただけで、殺されたい訳じゃねーし

やっぱりお前を殺人犯にはしたくないし

んでもって...」

 

「殺されたらどうなるのか知りたいなら殺されてみなきゃわからないし

つまり君は殺されたいんだって結論にしか至らないし

殺されたら僕が殺人犯になろうが君には関係なくなるし

んでもって、君は好奇心の使い方を間違えてる」

 

薄々気付いているだろうか

黒雨という人間は"こう"なのだ

 

答えは大体0か100で

120は無くとも-100はあって

人間の命の重さはピラミッドの一番下で

自分の身の振り方はどうでも良くて

つまり人間に対してどうしようもなく"非情"

 

法律も常識もルールもしきたりも

人間が作ったものであり自然のものではない

だから従う価値はない

そしてまた自分自身も人間であるがために

大切にする必要がない

 

それでも彼が今日まで生きているのは

人間として消しようのない本能、死への恐怖を克服できずにいるからだ

もしそれを消せたならば、彼は明日にでも全人類を巻き添えに死ぬだろう

 

自然を自然と殺しているのは人間

後から来たくせに我が物顔で生意気だ

地球滅亡は阻止しても人類滅亡は喜んで受け入れる

それが黒雨の考え方である

 

「えーっと、まぁ黒雨の自然大好き人間嫌いは置いといて...好奇心の使い方ってなに?」

 

生クリームでデコレーションされた口周りも気にせず

ケーキのイチゴをちびちび食べながら冬羽を見つめる

 

「好奇心ってのはねぇ、分かりきったことには使わないんだよトワたん

いつも思ってたんだけど...傍から見たら君ただのメンヘラだよ

『Vanneを辞めたらどうなるか?』解散するか君がいないだけの新生Vanneが始動するかどっちかだろ

『死んだらどうなるか?』死ぬよ

『殺されたらどうなるか?』死ぬだけだよ

どれもこれも"それだけ"だよ

そんな程度の答えしかないよ

君はそんな程度も想像つかない...ワケないよねぇ

だからって止めて欲しいとか心配されたいとか注目されたいとかでもない

ただ好奇心の使い方を間違えてるんだ」

 

根も葉もない

進路も退路も経ちかねない事実を淡々と告げると

この話は終わりとでも言うように黙々と残りのケーキを食べ始めた

 

「...やっぱり、そんなもん?」

 

「やっぱりそんなもん。だよ...それ以上も以下もない

死にたくないなら二度と考えない事だね

まぁ、もっとも"殺してみたい"とかいう好奇心なら僕は喜んで付き合うよ」

 

「殺したら相手が死ぬだけとは言わねーのな」

 

「...うん?そりゃあ死ぬだけだよ

でもねぇ、僕は一人でも人間が減るなら万々歳だし

もしかしたら命を奪った罪悪感みたいなものが生まれて死にたくなるかもしれないし

そしたら僕も減って万々歳だよね」

 

またしても論点をズラされた気がする

 

「黒雨さぁ、そんな人間嫌いなのによく俺らと仕事したりプライベートで遊んだりできるよな...それこそ殺したくならねぇ?」

 

「うん、なるよ」

 

ケーキを食べきって次のおやつに手を伸ばしながら

日常会話的に恐ろしい答えをしれっと言う

 

「...なるのかよ」

 

「でも僕も残念なことに人間だから、なけなしの友情とか同情とか愛情とか

米粒くらいの罪悪感とか恐怖心とか背徳感とか

申し訳程度の喜怒哀楽なんかがあるわけで...

そんな諸々の脆弱な人間らしさを最大限使って君達と仲良くしてるの」

 

「あ、そう...そりゃどうもありがとうございます」

 

「どういたしましてー

まっ、君達って僕が好きだからね!

こんな人間嫌いで我が儘で適当で可愛い僕のコト...何故か好きでしょ?」

 

そう、冬羽も咲玖も襲も...事務所のスタッフ達も黒雨が好きだ

"何故か"好きなのだ

 

「はは、ほーんと何でか分かんねーけど大好きだぜ黒雨」

 

「...本気にしてないからだよ」

 

「え?」

 

鈍い音と共に鋭い痛みが走った

鎖骨の辺りに違和感を感じる

目の端に嫌でも映るそれは

 

「...っあ、フォー...ク...?」

 

「僕が本当に人間嫌いだと思っていないから

僕が本当に人類滅亡を歓喜すると思っていないから

僕が本当に人間であることを残念で仕方ないと思っているなんて

まさか、まさか、まさか!自分も人間のクセに人間を嫌いだなんてそんな!

中二病じゃあるまいし...ってねー?」

 

 

「って...あ、嘘だろ黒雨...お前」

 

先程、壁を突き刺したフォークが

今度は確実に冬羽の首元に刺さっていた

運良く急所は外れていたが

見事に刺さったそれは

抜くのも放置するのも怖かった

 

冬羽は黒雨から距離を取り

フォークごと首元を押さえる

 

「君達が僕を好きなのはね、なに簡単な話だよ

僕をただの自然愛好家だと思ってるからだ

そして大体自然を壊すのは人間だから

まぁつまりそんな感じで人間を嫌いだなんて言ってるだけだって

本当は友達だけは大切で、本当に人類滅亡なんて起ころうものなら他者と共に阻止する道を選ぶだろうと

"だろう"とか、思ってるから...まぁ君はそんな目に遭ってるんだけどね?」

 

「は、マジかお前

本当に人間が嫌いだって言うのかよ...」

 

「まぁね

けれどもう一つどうしても、忌々しくも本当の事がある

僕にもなけなしの米粒くらいの申し訳程度の感情が存在するから

だから...急所を外しちゃった」

 

「俺的にはラッキーな訳だけど...あー、ホントまさかだわ

まさか刺されるとは思ってなかったし

つーか、お前の言った通り勘違いしてたよ俺は」

 

「そう、だと思ったー

人は殺したら死ぬし僕は人が嫌いだし嫌いなものは殺したい...僕はいつだってこんなにも正直にお伝えしてきたのに

誰も本気にしてないからビックリしちゃって

本当にもうどうしようかと思ってた」

 

「でも、お前はやっぱり人を殺せない...だろ?

えーっと...なけなしの米粒くらいの申し訳程度の感情があるんだからさ」

 

「嫌なとこ突いてくるなよトワたん

いや、突かれてるのは君の首元だっけ

まぁいいや...そうだよ殺せない

で?だからって君は明日からまた僕を好きでいられる?明日からまたオトモダチに戻れる?そーんな都合のいい...」

 

「戻る必要はねーよ、そもそも今だって未だに俺はお前が好きだし友達だと思ってるぜ、黒雨」

 

───今回、冬羽は相談相手を間違えたが

黒雨もまた相手を間違えていた

突き刺した相手は何かを嫌うとか軽蔑するとかそんなネガティブな感情を持ち合わせていない

全てをポジティブに変換するような男であり

また、一度友達と"思い込んだ"相手を

二度と他人とは思わない男だった

 

「今まさに刺されたのに友達のままだって?あっははー、バッカみたーい

そう言えば君ってそんな奴だった

忘れてたよ...失敗したなぁ

でも襲たんや咲玖たんはどーかなー?

僕が君を刺したなんて聞いたら

怖くて二度と僕に近寄れないんじゃない?

それこそ今日にでもVanneは終わりだよ」

 

「襲と咲玖がそんな薄情だとは思わねーけど...まぁ、だったら俺が黙ってればいいんじゃね?バレなきゃオールオッケー的な?」

 

「うっわー、ポジティブもそこまで行くと病気だよ

なのに後ろ向きな好奇心でいつも襲たんを困らせてるんだ...タチ悪ぅい

でも、いーの?ここでトワたんが黙ったら、僕は次に襲たんや咲玖たんを刺すかもよ?

殺せないからって殺さない理由にはならない」

 

「いやいや、なるっしょ

殺せねーのに殺したって骨折り損じゃん

お前はそんな面倒はやらねーよ」

 

人間嫌いでも、我が儘で適当で可愛い黒雨のこと

そんな邪気だけの行動はしない

それは冬羽も襲も咲玖も...みんなが知っていた

そして、それは事実だった

 

「...あーあ、僕の可愛さが仇となったね」

 

(可愛さじゃなくて我が儘で適当ってところだと思うんだけど...)

 

「じゃあもうトワたんの甘さに甘えて僕は明日からもしれっと君達の友達でいるよ

せーぜー怪我がバレないように尽力してよねー」

 

「はは、大丈夫だって

見た目はエグいけど言ってもフォークだからな...大した傷口じゃねーよ」

 

「あっそ、そりゃなによりでー」

 

こうして黒雨の初めての人殺し(未遂)は

本当に何事も無かったように終わり

翌日からまた、平和なVanneの活動が続いた

 

冬羽はこれ以降、黒雨に相談することは無くなり

代わりに襲が全て負うことになった

黒雨はこれ以降、殺すことはしなくなり

代わりに咲玖がしこたま我が儘を聞く羽目になった

 

「なぁなぁ黒雨、いくらなんでも咲玖に我が儘言い過ぎじゃねぇ?」

 

「直接殺せないなら間接的に過労死とかどうかなーと思って、実践中★」

 

「咲玖たーん!逃げろー!」

 

 

 

 

 

もちろん

襲も咲玖も急に負担が大きくなった理由を知らず

ただただ振り回される日々を送ることになったのは言うまでもない