ユメウツツ

君ありて、幸福

相対※肆

海での仕事から数ヶ月経った今も
「逃がさない」という宣言通り
僕はユウトに付きまとわれていた

しかし相変わらず理由を話してくれない
どうして僕に殺されたいのか
まぁ、恐らく彼の過去が関係していて
僕に何かしらの共通点があったりして
まんまと目を付けられたのだろう

「黒雨ー…俺のハナシ聞いてたぁ?」

今日も我が物顔で楽屋まで入り込み
僕の傍をずっと離れない彼は
聞いてもいない理想の殺され方を教えてくるのだ

「出来ればソファかキッチンでさぁ
包丁使って、心臓か腹辺り?一突きする感じで…
どっかの空き家にでも忍び込んでさ」

謎のこだわりを語るな鬱陶しい
そもそも殺してやるなんて一言も言っていない

聞く限り日常生活の中で突如命を奪われるような
そんなありふれた死に方をしたいようだけど…

さて、彼をいつまでも調子に乗せていては
僕の安息が本当に危うい
ノイローゼになる、ノイローゼに

いい加減ちゃんとワケを話してもらおう

「えー、ソファかキッチンで包丁を使って心臓かお腹辺りを一突きで殺害して欲しいユウトくん
その理由をさっさとお話ください
そしたら殺す気になるかもしれないからさ」

ならないけど

「理由理由って…理由がなきゃ殺せねぇとか
一般人みたいな事言うなよ
少なくとも俺の兄貴は言わなかったぜ」

ほう、お兄さまがいらっしゃる?
いや、いらっしゃった…かな
今の感じだと過去形だろう
理由もなく人、もしくは自分を殺せるような
うわぁ…クレイジーな兄弟

「うん、まぁ 僕は君の兄じゃないからね」

理由は山ほどあるのに殺せないんだよ
この苦しみが君に分かるか?
動機は五万とあるのに死ねないんだよ
この辛さが君に分かるのか?

心の中で問い詰めながら彼の言葉を待つと
その重たい口を開いた

「…アンタさ、俺の兄貴と同じ目ぇしてんだよ
母さん殺して自殺した俺の兄貴にそっくり」

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「え…」

「はは、なんだその顔…俺の兄貴が同族だったかも知れないって分かって嬉しそうに
けど、残念だったな同族じゃねーよ
兄貴は家族や自分すら殺して見せたが…お前は?
殺しもせず死にもせず嫌うばかり
ただ…いつ会っても殺意は充分ときた
中途半端だよ、黒雨…」

何も言い返せない、何ひとつ言葉にしたくもない

中途半端

それは僕が誰より解っていた事

いつだって殺したかった
死にたかった、嫌いだった…
嫌いで、憎くて、それでいて

(お前は人間が嫌いなんじゃなくてさ)

(人間が…怖いんじゃねーの)

あの日の言葉は今も僕の頭を締め付ける
何度考えても本当は人が怖いのか
ただ嫌いなだけなのか分からなかった

「おいおい黙ってないで何か言えよ
つーか、顔色悪いけど…ああ、もしかして
怒ってる?」

「ねぇユウト…なんで、あの日あんなこと言ったの
…君、あの日 僕に
人が嫌いなんじゃなくて
そう、僕が、ひと を 「 怖がってる? 」

「僕は人を怖いと思った事は無いはずなんだよ
なのに君の言葉が忘れられない
どうして?僕は人が嫌いなだけなんだよ…」

そう思いたいだけだとしても
今更、人が怖いなどと認めたくなかった
あれほど殺したいと言っておきながら
人の愚かさを嫌悪しておきながら
その実、恐怖心からくる自己防衛だったなどと
認めたくはなかった

「じゃあ、人が等しく嫌いな理由はなんだよ
自然を壊すから?動物を蔑ろにするから?
そんな理由でそこまで人を嫌えるモンか?
触られて震え上がるほど?吐き気が止まらなくなるほど?
お前の根源はどこにあるんだよ
そう成った始まりの感情はどこにある?」

遡れば物心の始まり
僕の根源はそこにある
ずっと、あやふやにしておきたかったもの
それを暴かれる日がやってくるなんて
やっぱりコイツは厄病神だ。





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