ユメウツツ

君ありて、幸福

『相対』✱弍

f:id:mizunowater:20170706220554j:image


どれくらい経ったのだろう

ふと目を覚ますと 更衣室の床に寝ていた

いや、寝かされていたというべきか

 

そこに結斗の姿はなく ただ傍らには衣装が綺麗に並べられていた

それが僕の着る分だと理解して勢いよく起き上がる

 

撮影は?どうなった?

あれからスタッフはここに入ったの?

精密ドライバーは...

 

混乱した頭で何とか物事に優先順位を付ける

まず凶器のドライバーを探して隠さないと

それから着替えて外に出てみよう

それほど時間が経っていないのなら ここにいない結斗は先に着替えて外へ出たのだろう

スタッフがここに入って来ないようにしてくれている事を願う

 

「何を...言ったんだろう」

 

ドライバーを探しながら 意識が途絶える直前の出来事を思い返した

『お前は人間が嫌いなんじゃなくてさ

人間が──だろ?』

何度繰り返しても肝心な所が思い出せなかった

朦朧として聞き取れなかっただけなのか

聞きたくなくて遮断したのかさえ分からない

 

「...って、ドライバー無いし」

 

さほど広くない更衣室をくまなく探したけれど

ドライバーどころか、血痕ひとつ見当たらなかった

何の為かは分からないけれど結斗が持ち出したんだろう

 

ドライバーを諦めて早々と着替えを済ませた

乱れた髪も整えて靴を履き替える

 

ドアノブに手をかけたところで深呼吸をして

まだ少し残る気持ち悪さを落ち着かせてから外に出た

 

✱✱✱

 

「あ!黒雨さん入りまーす!」

 

更衣室のすぐ側で待っていたスタッフが声を上げると 他のスタッフがコチラを見る

 

「よろしくお願いしまーす!」「黒雨さん髪ちょっとセットしますねー」「今日の衣装は水OKなんで海入っての撮影も出来ますけど、あんまり無理しなくていいからね」

 

ヘアメイクやカメラマン、衣装さんにアシスタント

様々なスタッフに声をかけられながら砂浜を歩いて行く...と

 

「くーろあーめさんっ!」

 

背後から馴れ馴れしく姿を現した彼の笑顔には

もうあの冷たさは感じられなかった

最初の演技よりも完璧な演技で、子供らしく無邪気な空気を醸し出していた

 f:id:mizunowater:20170711215615j:image

絆創膏はスカーフで上手く隠されていて 僕としてもホッとした

撮影直前のモデルに傷を付けるなんて...例え結斗が自らした事だとしても気分が良いとは言えない

 

「ユウトくん...よろしくね」

「はい!よろしくお願いします!」

 

僕もいつものように笑顔を作り 何事も無かったかのように撮影を始めた

 

目線を、手を、背中を...仲良く合わせながらカメラのシャッター音を聴く

正直この瞬間にも吐き気が止まらないし ハッキリ言って逃げ出したい

だけど、これでもプロとして仕事をしているのだ

レンズ越しのカメラマンの目を騙すのは もはや僕の特技だった

 

例えば雑誌の読者が僕らの写真を見て

プライベートでも仲が良いのではないかと勘違いするほどの演技をする事も容易で...

 

「精密ドライバー、記念に貰っておくぜ黒雨」

 

撮影も終盤に差し掛かった頃

波打ち際で戯れながら 小声で耳打ちされる

 

「記念って...な 、ん...!」

 

突然の事に気を取られたところを押されて転んだ

上には結斗が被さっている

押し倒されるとは...不覚

 

「いちいち距離が近いよ 君

僕そういう趣味ないから、やめて」

 

少し離れた場所にいたスタッフ達が「大丈夫ですかー?!」などと声を上げている

カメラマンもファインダーから目を外し、こちらを心配して首を伸ばしていた

 

「ほら、早く起き上がらないと不審に思われるよ

本性バレたら困るんでしょ?ユウト...」

 

軽い舌打ちをして体を起こし、僕に手を差し伸べて笑った

スタッフの前で その手を払うわけにもいかず渋々手を取ると

少し乱暴に引き上げられた

 

「言っとくけど、逃がさねぇから

お前には俺を殺してもらう...必ずな」

 

水飛沫と音に紛れて 冷たい声が降る

一体、何故こんな事になったのだろう

結斗はどこで僕の人間嫌いを知って

どういうつもりで殺されようとしているのか

 

そして、もし結斗の言った通り 僕が人間を嫌いな訳じゃないのなら

この吐き気の原因はどこにあるのだろう

考えても答えは出ないことは分かっていた

「人間が殺したいほど嫌い」

この気持ちは物心付いた時から変わらないのだから

 

✱✱✱

 

撮影は順調に進み1時間ちょっとで終わった

その間なにかと僕に触れようとする結斗にイライラしたけど、こんなくだらない遊びは今日限りだ

 

逃がさない...なんて、逃げるに決まってる

もう仕事の話を持って来ても関係ない

心証が悪くなろうがなんだろうが断る

 

スタッフに軽く挨拶をしてさっさと更衣室に向かった

後ろでは結斗がカメラマンと楽しそうに話している

あんな本性を隠してよくやる...僕は必要以上に人と関わりたくないから 演技をするのは仕事の間だけだ

仕事が終われば足早に帰る

たまに顔見知りのスタッフから打ち上げに誘われるけど、適当に理由を付けては逃げている

 

そこまで考えてふと違和感を感じた

この違和感に関して深く考えたくないような、でもハッキリさせたい気分だった

 

果たして逃げるとは どんな意味を持つ言葉だっただろう

そこに生まれている心理は どんなものが相応しいんだっけ

僕は自然を壊すくせに直せない

直そうとしてさらに壊していく人が憎い

だから消えて欲しい、関わりたくない

いつも逃げたり遠ざけることに必死だ

 

だけど、憎いと嫌いは微妙に違う

じゃあ僕が人を嫌いなのは

 

どうして...?

f:id:mizunowater:20170712021954j:image

『お前は人間が嫌いなんじゃなくてさ

 

人間が"怖い"んだろ?』

 

心にかけていた鍵が、壊れる音がした 

 

 

 

 

 

 

✱続く✱