ユメウツツ

君ありて、幸福

『決着』

「なるほど、面白い冗談だね」

 

ここに来て襲の名前が出てくるとは思わなかった

この件に関して彼は完全な蚊帳の外だと思っていた

 

「冗談じゃない...本当に襲に頼まれたんだ

そうでなきゃ俺は何も知らずに過ごしていたよ

黒雨の言う通り、冬羽に異変は無かったからね

襲がどうやって気付いたのかも俺には分からない」

 

「ふーん...」

 

これは本人に聞かないと埒が明かないな

 

「今度は襲たんに責められるのかなぁ...

やれやれ、問題児は辛いぜ」

 

「襲にも全て話すの?冬羽や俺に言った話と同じ事を...」

 

まだ手首が痛むのだろうか

擦りながらなんとか立ち上がった彼は

少し心配そうに伺う

 

「そうだね、もうこうなったら仕方ないというか

そもそも僕は最初から本気で人間が嫌いだって言ってるんだから

信じてもらえてないと困るよ

襲たんがどうやって気付いたのかも気になるからねぇ...」

 

幸い今日はメンバー全員がオフだ

襲も自宅にいるだろう

ここから彼の家までそう遠くはない

 

時刻は午後7時

 

僕はまだ戸惑っている様子の咲玖を放置して

襲の家に向かった

 

道中、冬羽に電話をして

今まで起こっていた事を話すと

他人事のように笑いながら

「まぁ、後は頼んだ!」と言って電話を切られた

 

それから少し歩いて襲の家に着くと

インターホンを無視して扉を開けて入った

冬羽がさっきの通話で「襲の家カギかかってねーから入れるぜ!」などと

彼の防犯意識の薄さを教えてくれたのだ

 

「文字通りお邪魔するよー」

 

廊下を抜けて突き当たりの部屋に入ると

ダイニングキッチンに襲がいた

 

「ああ、黒雨か...どうした?」

 

どんな顔をするかと思ったら

至って普通の表情で迎え入れてくれた

声もいつもと変わらない

 

「んーと、なんだか拍子抜けしちゃったな

まぁいいや

とりあえずお茶ちょうだい

喉渇いちゃって...日本茶ならなんでもいーよ」

 

「?ああ、ちょっと待ってろ」

 

棚から茶葉や急須を取り出す襲を眺めながら

ふと彼の足元に目をやると黒猫がいた

邪魔にならない距離、けれど遠すぎない近さで傍にいる

名前は確かシャーロット

 

(随分と野性の抜けた猫だなぁ...)

 

そんな事を思いながら猫を目で追っていると

お茶を淹れ終えた襲が

僕の前に湯のみを置いて向かいの椅子に座った

 

コーヒーや紅茶を淹れるのは得意そうだけど

日本茶は下手そうだなぁと思いつつ一口飲む

 

「あれ、美味しい...」

 

予想に反して温度も抽出も文句のない美味しさに驚いて

思わず声に出してしまった

 

「あれってなんだよ...お茶くらい普通に淹れられる」

 

「ああ、そう、君って意外と器用なんだ」

 

ズズ...とお茶を啜って一息ついたところで

本題を切り出す

 

「あのね、さっきまで咲玖たんのところで話し合いをしてたんだけど

なんだか君が仕向けた事みたいだから話を聞きに来たんだよ

どうやってトワたんの傷を知ったの?

っていうか、君のせいで色々と面倒が起こった挙句、咲玖たんは言質を取られた訳だけど...どうしてくれるの?」

 

例え気付いても黙って流してくれていたら

僕と冬羽の間の約束は守られたし

咲玖だって余計な痛みを負わずに済んだ

まったく襲にも恨みしかないよ...

 

ちょっと睨みつつ反応を待つと

僕の問いかけに怪訝な顔をして

少し怒気を孕んだ声で話し始めた

 

「冬羽はあれで隠したつもりだろうがな...俺には無駄なんだよ

何年アイツの面倒を見せられてると思ってんだ」

 

知らないよそんな事

つまり冬羽にちょっとは異変があったって事かなぁ?

それを見逃さなかった?

 

うわ、気持ち悪い

僕の気味の悪さと良い勝負だ

面倒だとか厄介だとか言いながらこの男は

冬羽の一挙手一投足を見逃さないくらいには見てるって事でしょ?

見守ってると言えば聞こえがいいけど

ちょっとした変態扱いされても文句言えないよ

そういうのは二次元だけにして欲しい

 

「随分と大切なんだね、トワたんが」

 

「あ?そんな話じゃねぇだろ」

 

そんな話だよ馬鹿

無自覚もここまで来ると素直に感心する

 

「まぁ、気付いた理由はそれでいいや...それよりこの事態はどうしてくれるの?

君が追求したせいで僕とトワたんの間にあった約束は台無しだよ」

 

心底余計な事をしてくれたなという気持ちを最大限込めて責めてみた

 

当然と言うべきだろうか

眉を顰めて舌打ちをされた挙句、ため息をつかれた

ため息をつきたいのは僕も同じなんだけれど

今は黙っておこう

 

「テメェらの約束なんざ知るかよ

冬羽に余計な影響を与えるんじゃねぇ

アイツが壊れた時に引き戻すのは俺の役目って事になってんだぞ

面倒を増やすな、頼むから」

 

何言ってんだコイツ

 

さすがの僕もイラつかずにはいられない

引き戻すのが役目?へぇ、それは大層なお役目ですね

で、お前にそれを言う資格があるのか

いや、ある訳ないだろ

 

「咲玖たんに丸投げした君がそんなセリフよく言えたね

だったら最初から君が僕に問いただせばよかったじゃないか

それすらしないで自分は高みの見物?

職務怠慢もいいとこだよ」

 

痛いところを突かれたのか

一瞬、反抗しようとしてすぐに目を伏せた

当たり前だ 反抗されてたまるか

僕は間違ってない

 

「俺は...」

 

「いーよ言わなくて、分かるから

 

つまり君は僕が怖いんでしょ?」

 

「...」

 

沈黙は肯定の証とはこの事か

分かりやすく黙り込んだ襲に続けて畳み込む

 

「はは、気にするなよ

僕みたいな奴を避けたがらない人間がいるものか

君は正しく僕を避けたんだろ?別にそれが普通の反応だと思うよ」

 

別にフォローのつもりじゃない

僕みたいな奴を避けたがらない人間なんて今までいなかった

両親すら...いや、その話は置いとこう

とにかく僕の本心を知っても変わらなかったのは冬羽くらいだった

 

目の前の男はどうなんだろうか

僕の言葉に少し迷いを見せた後

観念したように口を開いた

 

「俺はお前の人間嫌いが本気だって、最初から信じてるからな...

いつだってお前は隙あらば誰かを殺そうとしてた

そんな目で、俺らを見てだろ」

 

は、はは

なんて事だ...まさか僕の本心を最初から信じてくれてたなんて

嬉しくて顔に出さずにはいられないよ

 

「...何笑ってんだ」

 

「いやぁ...こんなにも人間に感謝したのは初めてだよ襲たん

僕の言葉を信じてくれて、僕の本心を信じてくれてありがとう

けれどそんな君も大嫌いだよ」

 

彼だけは最初から僕をそういう目で見ていて

僕が彼らをそういう目で見ている事を知っていて

それでも今日まで無関心を貫いていた訳だ

 

おかげで僕は

人間が嫌いなのに人間として生きるしかない中で

Vanneという居場所をかろうじて得た

 

「ああ、ごめんごめん話を戻そうか...

君は最初から僕を要注意人物としてマークしてて、トワたんの異変に気付いた時に

真っ先に僕が原因だと判断したけれど、自分で当たるのは怖くて咲玖たんに丸投げした

 

こんな感じでいい?」

 

少々散らかった感のあるここまでの話を

簡単にまとめてみた

今回の一番の被害者は咲玖かもしれない

怖がりな友人に問題を押し付けられて

この僕を許してまったのだから

 

「概ねそんなところだけどな

お前が怖かったのもあるが、咲玖ならお前をなんとか出来るかとも思った

嘘でもお前はアイツに懐いてたからな

俺より可能性はあるんじゃねぇかと...まぁ、無駄だったがな」

 

無駄もいいとこだ

嘘なんだから可能性も何もあるものか

僕は等しく皆が嫌いだ

ただでさえ微々たる人らしさを最大限使って暮らしてるのに

誰か一人に向ける特別な感情なんか持ち合わせていない

 

「ところで...咲玖が取られた言質ってなんだよ

お前、何を言わせた?」

 

今さらそこを気にするのかよ

もっと他に言いたいことがあるだろうに

まだ頭の中で整理中かな?

 

「"黒雨を許す"だよ

僕の二度と殺そうとしないという言葉を信じて、トワたんが許した僕を彼は許した

それで咲玖たんが得た安寧は

仲間同士で傷付け合うことの無い暮らし、日常、Vanneという居場所...

なかなか良い容赦と安寧でしょ?」

 

ここで襲にも同じように言葉を貰おうと思っていたけれど

どうやらその必要はないみたいだ

なぜなら彼は既に...

 

「容赦と安寧か、なるほどな

冬羽とお前の間の約束ってのもそれか

だったら俺も提示してやるよ

 

俺が許すのはお前の本心、得る安寧は無くていい」

 

一瞬どころか数秒

何を言ったのか分からなかった

僕の本心を許す?

安寧は無くていい?

なんだそれは

都合が良いにも程があるだろう

 

「殺されたいのかお前」

 

...おっと、危ない

錯乱して口が滑った

 

「いや、間違えた...えっと

気は確かかな襲たん?」

 

可愛く笑って確認する

 

もしかしたら聞き間違いかもしれない

というか聞き間違いの方が有難い

こんなの都合が良すぎて気持ち悪い

 

「別に狂ってねぇよ

俺はお前の本心を許す

安寧は要らねぇつったんだ」

 

うん、聞き間違いじゃなかった

こんな大事を淡々と言ってくれるな

最初の面倒を増やすなって言葉はどうした

冬羽に余計な影響を与えるなって言葉は?

僕の本心を許したら面倒も影響も定期的に与えるぞ

 

「君、もしかして投げやりになってない?」

 

「なってねぇな」

 

嘘だろ

さっきから顔色ひとつ変えないけど

一体どういうつもりなんだろうか

 

「理由が知りてぇならそう言えよ

俺は途中まで答えを二つ用意してた

いや、細かく言えばもっとか...

けど咲玖が言った言葉を聞いて決めた

冬羽が許したお前を咲玖が許したなら

俺は咲玖が許したお前を許す

もちろん、冬羽に関する今後の面倒は負ってやるよ」

 

そんな伝言ゲームみたいな許され方されても困るなぁ

いや、許してくれるのはいいけどさ

 

「なんて言うかそれは...君が不利すぎない?

さすがの僕も気が咎めてきちゃった

人らしく安寧くらい求めろよ

あるでしょう、僕に消えて欲しいとか

僕を殴りたいとか殺したいとか」

 

「俺にお前は殺せねぇよ」

 

そんな訳あるか

本気の襲に僕は敵わない

背も体力も負けてる

明らかに殺せる

 

「つーか、俺は人が死んでも嬉しくねぇし...今さらお前を手放せるかよ

お前みたいな問題児、冬羽と一緒に監視されるのがお似合いだ

自分に都合の良い展開を素直に喜べ」

 

生憎、僕は根本から捻れてる捻くれ者だからね

喜べないし嬉しくない

大体、手放せないとは何事か

そんなデレ今は求めてない

いっそここで殺し合いになった方がマシだ

 

「そんな聖人君子みたいな提案を手放しで喜べって?無茶言うなよ襲たん

言っておくけど、僕はこれからも無意識に無作為に面倒や影響を提供するよ?

それを君は片っ端から修正していくつもり?」

 

「ああ」

 

これは何を言っても無駄というやつだろうか

僕もなかなか強情だけど、コイツも相当だ

 

さて、ここらで幕引きにするのが妥当だろう

まったく彼の無欲さは理解できないけれど

そもそも僕と冬羽の間では終わった話だし

こんな事になったのは蒸し返した襲のせいだ

もう丸く収まるならそれでいい

 

「分かったよ...別に僕はVanneを失いたい訳じゃないからね

君が許してくれるなら甘えようか

ただ、やっぱり君が不憫だから

僕はトワたんと同じ痛みを負っておくよ」

 

テーブルに置かれたフルーツバスケットに差し込んである果物ナイフを手に取り

自分の鎖骨辺り、冬羽を刺した場所と同じところを刺して見せた

 

襲は目を見開き絶句し、勢いよく席を立つと僕の傍へ駆け寄った

 

「あ、は...フォークとナイフじゃ釣り合わねー

でも、倍返しって事で受け止めてくれればいいや...」

 

「馬鹿じゃねぇのかテメェ!誰がそんなこと頼んだんだよ!」

 

僕が僕を許すにはこれくらいしないと無理だ

人間を嫌いなんて本心を持ち合わせておきながら実際、酷い有様だ

人の優しさに許されて

人の情に甘やかされて

まるで矛盾している

 

だけど僕は今さら人を好きにはなれない

心が、体が、何かが拒んで邪魔をする

僕はきっと生まれてくる種を間違えた

動物や植物に生まれるべきだったんだ

 

「ああ、ちくしょう

君達の傍は生きづらいなぁ...僕の全てが通用しない

出会った事が不運の始まりとしか言えない

最悪だ、最低だ...僕だって君達を手放せなくなっちゃったじゃないか」

 

ハンカチで僕の傷口を押さえながら

彼は優しく笑った

 

「そうかよ、そりゃ良かったな」

 

良いわけあるか勘弁してください

 

...明日から僕は、今までと変わらず

我が儘で適当で可愛い

無邪気と邪気の塊に戻る

 

彼らも何事も無かったように

笑って暮らすんだろう

 

やれやれ、みんな大嫌いだ

いつか同じようにくたばればいい

具体的には50年後くらいに

安らかに滅亡すればいい

 

その時は僕も、喜んで滅ぶとしよう。

 

 

 

 

 

 

~END~