ユメウツツ

君ありて、幸福

干渉

なかなかにぶっちゃけた話をすると

俺は彼が苦手だった

 

素の彼はいつも笑顔

別にその笑顔が嘘っぽいなんて事はないし

むしろ周りまで明るい気持ちにさせる

素敵な笑顔だった

 

けれど、俺はその笑顔の真裏のところに潜む

"何か"が怖くて、不安で、心配だ

 

間借りなりにもリーダーを務める身として

彼のもつ不安定なところを危惧していた

 

「やっほー!咲玖!今日の撮影もよろしくなっ?」

 

「おはよう、冬羽 よろしくね」

 

ポンっと俺の肩を叩き

軽い挨拶を交わすと

彼は荷物を床に置いて椅子に座った

 

ふと、服の襟から覗く首筋に

なにか嫌な跡が見えた

それは まるで...

 

「?なぁんだよ咲玖たーん ジッと見つめちゃって!いやんっ」

 

「ああ、いや、その...冬羽...首の、それ...」

 

「え?あー!これな、ちょっと昨日"絞めてみた"んだけどー...やっぱ跡残ってるかぁ

まっ、今日の衣装なら大丈夫っしょ!」

 

そうじゃない...そういう事じゃない

「絞めてみた」なんて言い方があってたまるか

何を思ってそんな事をしたんだ

何か悩みがあるなら言って欲しい

俺に出来ることがあるなら...

 

「咲玖たーん?...固まって、どした?」

 

「...何でもないよ」

 

言いたいことは山ほどある

こんなこと、放っておいちゃいけない

彼に確かめないと...

そう思っても、俺は言えない

 

俺の言葉で彼を壊してはならない

中途半端に救ってもいけない

首を絞める理由なんて大概決まってる

"死にたい"か"そういう趣味"かだ

 

どちらにしても俺の手には負えない

本当に死にたいなら俺は口出しするべきではないと思うし

そういう趣味だとしても同じこと

薄情だろうか、それならそれでいい

 

でも俺は、生きるより辛いことなんてないと本人が思うのならば

自ら終わらせてしまうことも悪ではないと思うから

四六時中面倒を見てやれる訳でもないのに

下手に手を出して彼を苦しめる方が

ずっと悪だと思うから...

 

「なぁ、咲玖ー?さっきからやっぱオカシイぜ?なに考え込んでんの?」

 

この想いくらいは言ってもいいだろうか

彼の人生に関係しないだろうか

せめて、これくらいは

 

「あのね、冬羽...君が本当に嫌だと思うのなら...その、この世界とお別れする道も、正しいんだと思うよ...だからね、きっと」

 

「え?なに?何の話?俺、別に嫌なことねーけど?」

 

「えっ、だって首...絞めたって...」

 

「あっ!俺が自殺未遂したとでも思った?ちーがーうーよー、咲玖たんの早とちりさんっ」

 

「え、ええー...」

 

「首は絞めたけど、死にたいとかじゃなくて...なんつーの?絞めたらどんな感じかなー?みたいな」

 

「...そんなの、苦しいだけでしょう」

 

「おう!予想より苦しかったぜー、ぐぇって声出た!」

 

こういうの、なんて言うのだろう

死にたい訳じゃなかったことには安心した

だけど、それ以上に不安になる

 

その好奇心で、興味本位で、一体どれほどの危険に身を晒しているのか

彼は分かっているのだろうか

 

「ねぇ...もし、手加減を間違って死んでしまったらどうするの?

首を絞めたら苦しいって事くらいやらなくても分かるだろう?

そんなことしてたら...」

 

「でも俺、生きてるじゃん?」

 

「...だから?」

 

「人間、死ぬべき時にしか死ねないもんだって!俺がまだ生きてるって事は、まだ死ぬべき時じゃねーから大丈夫!なっ?」

 

「それは...」

 

そうかもしれないけど

 

彼が何を考えてるのか分からない

命を軽く見ているわけじゃない事は知ってる

いつだって人にも動物にも優しく接しているし

死にそうな人がいたら彼は必ず助けるだろう

 

なのに

 

「どうして、そこに君は入っていないの...」

 

「入ってないって何に?」

 

「!...あれ、俺いま口に出してた?」

 

「おー、バッチリ聞こえた」

 

しまったと思ったけど

丁度いい機会かもしれないとも思った

一度、やっぱり聞いておかないといけない

その理由を...どうしても...

 

「ねぇ、冬羽...君は生きているものが好きなのに どうして自分のことは大切にできないの?

君だって生きてるじゃない...どうして死ぬことを恐れないの?」

 

俺が聞きたいことはこんな事だっただろうか

言葉を間違えてはいないだろうか

途端に不安が襲ってくる

 

「俺、自分のこと大切に出来てねぇかな...死にたがってるように見える?」

 

「え...」

 

「そりゃ、たまに好奇心で色々やってみちゃうけどさー...別に生きる事を投げ出してるとか死にたいとかじゃないんだぜ?いやマジで」

 

「じゃあ、自分を大切にする気持ちより好奇心が勝ってるってことじゃないか...そんなの、危ないよ...だから...」

 

だから...何なのだろう

そんなこと彼だって分かっているはず

やめられるならとっくにやめている

そんな事をさせてしまう何かがあるんだ

それは、俺にもあるもの

似たものを俺だって抱えてる

形も色も違うけれど、抱えてる

 

「咲玖...?」

 

「俺はね、俺の言動で誰かの未来が変わってしまうことが怖い

だから、皆の一歩後ろにいて干渉しすぎないようにしてる

冬羽は、何が怖くてそんな行動を起こしてしまうのか...自覚はあるかい?」

 

もし抱えてるものが似てるのなら

理由だって似てるかもしれない

それが分かったらもう少し

やりようもあるだろう

 

「何が怖くて、かぁ...そーだなー

俺は...肉体的な死は怖くねぇけど、皆に忘れられるのは怖いかな

でも生きたまま心が死ぬのはもっと怖いし

何より明日の朝 起きた時に今日の後悔を思い返すのが怖い...そんな感じ?」

 

「心を殺さないために、明日後悔しないために好奇心を優先してるってこと?」

 

「いぇす!そゆこと!」

 

やっと、わかった気がする

俺達が一時間後の予定を気にしながら

明日の準備に忙しなく動いて今日を生きている中

彼は今を生きてるんだ

今日という日に後悔を残さないように

精一杯、この瞬間を生きてるんだ

 

「なるほど...先のことは後回しで、今を充実させることに手一杯なんだね」

 

「ははっ、ガキっぽいだろ?将来の計画性ゼロ!でも、だからこそ俺は後悔ってやつがほとんどねぇんだぜ

あっても小さいこと、そのうち忘れるくらいのしょーもないこと

それって幸せじゃね?」

 

「そうだね、来るかどうかも分からない未来のことより

今を精一杯生きて後悔を蓄積しない...いいと思うよ

そういう強さが、君にはあったんだね」

 

「やーだー♥照れちゃう

あ、でも首絞めるのはちょっと考え直してみる

咲玖にすっげー心配かけるって分かったし

やっぱり死んだら意味ないもんな!」

 

「あ、いや...そうだけど、うん」

 

今、俺の言動で彼の未来を変えてしまった気がする

良くも悪くも...変えてしまった気がする

またやってしまったのか俺は

気を付けていたのに...せっかく一歩引く事を覚えたのに

 

"お前は本当にお節介な子"

"カウンセラーにでもなったつもり?"

"中途半端な慰めはもう充分よ"

 

ああ、俺が悪かった

本当に...ごめん

 

「ごめんね...」

 

「咲玖!?」

 

 

 

 

 

 

「...あれ、俺なにして......」

 

「咲玖!」

 

「とう、わ?...どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃねぇ!

急に"ごめんね"とか言って倒れるし、呼んでも起きねぇしビックリしたんだからな!」

 

「あ...」

 

「体調悪かったのか?」

 

「いや、大丈夫だよ...冬羽がソファまで運んでくれたの?」

 

「床じゃ体が痛くなっちゃうだろ!本当は医務室まで運びたかったけど、さすがに1人じゃ抱えらんねぇから...さっき、先生に来てもらって一応大丈夫だって言われたけど

本当に、どこも痛くねぇ?大丈夫か?」

 

「...ふふ、大丈夫だよ ありがとう冬羽」

 

「なぁに笑ってんだよっ!笑いごとじゃねぇぞこのやろうっ」

 

「あはっ、ちょっと、わしゃわしゃしないで

髪が乱れるから、ははっ」

 

「......」

 

「冬羽?」

 

「何が"ごめん"だったんだよ

俺、咲玖が心配してくれてるの知って嬉しかったし

考え直す事だって咲玖がいなきゃしなかったもしんねぇ

そしたら、俺はまた懲りずに死ぬような真似して本当に死んだかもしれねぇ

なのに、何を謝ったんだよ...」

 

「...それは」

 

「咲玖は自分の言動で誰かの未来を変えるのが怖いとか言ったけどさ

そんなもんいくらでも変わってくだろ

不可抗力で、無意識に、絶対なにかしら変わるだろ

それの何がいけないんだよ

誰だって他人と関わって、変わりながら生きてんだぜ?

俺だって少なからず咲玖を変えてる

襲も、黒雨も、お互いに...」

 

「冬羽...」

 

「俺は咲玖に未来を変えられたって後悔しねぇからな!どんなに干渉されたって最後に選ぶのは俺だ、俺が決めて進むんだよ

考え直すのも俺の勝手!...だろ?」

 

「うん...うん、そうだね...その通りだ...」

 

誰かに何か言われて変わるほどのこと

何があっても変わらないこと

それは俺の言葉があってもなくても関係ない

良いように転がっても

悪いように転がっても

相手の決断であり選択

 

少なくとも、メンバーには言動を遠慮しなくてもいいのかもしれない

皆それぞれ自分を持ってる

俺の"お節介"くらいでは壊れそうにないもの

それはなんて心強いんだろう

 

やっぱり俺の居場所はここなんだ

"あの頃"には見つけられなかった

初めての居場所...

 

「冬羽、ありがとう...もう大丈夫

撮影に行こう 仕事の時間だ」

 

「...おう!今日もかっこよくポーズ決めるぜー!」

 

 

 

 

 

 

"本当にお節介な子..."

 

ああ、そうだね

それでも決めたのは貴女だ

俺じゃないよ

 

「姉さん...」