君を生きるのは...

神を信じながら

神に縋りはせず

生きている子供がいる

 

「神様が僕を見守ってくれることはあっても

僕を生きるのは僕しかいない」

 

そう言って、生きている子供がいる...

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「こまいぬさーん♪おはようさんさん♪」

 

深い紺の着物を着て

黒髪に紅い髪留めをした少年が

神社の狛犬に話しかけている

 

「今日も寒いねぇ、僕良い物持ってきたんだよー...んーとねぇ...」

 

ゴソゴソと着物の袂を探り

"良い物"を取り出す

 

「じゃーん!おみかん!あ、蜜柑ねミカン」

 

彼の手には小ぶりの蜜柑が三つ

そのうち一つを話しかけていた狛犬の前に

もう一つを反対側にいる狛犬の前に置くと

最後の一つを自分で食べ始める

 

「むいてーむいてーもいでーもいでー...ぱくっ!...んんっ、あまぁい♪

今年の蜜柑は美味しいんだよー、こまいぬさん知ってたー?」

 

物言わぬ石造りの狛犬

尚も彼は話しかける

 

「蜜柑は小さいのが甘いんだって!欲張って大きいの選ぶと実は損なんだよ

まるで昔話みたいだよねぇ......あっ!」

 

自分の蜜柑を半分ほど食べたところで

少年はハッとし、食べる手を止めた

 

「えーっと...ちらり...」

 

恐る恐る後ろを振り向く

そこには拝殿があり、奥には神様の依代となる御神体の置かれた本殿が見える

 

「あのね、神様の蜜柑...忘れちゃった」

 

何もいないようにしか見えない奥の本殿へ向かって

狛犬に話しかけていたように話す

 

「今日は神様に会いに来たんじゃなかったの...こまいぬさんと遊びたかっただけだから

でも、ごめんなさい

こまいぬさんと遊ぶなら神様に御挨拶がいるよね...どうしよう」

 

本当に困った顔をして

オロオロと辺りを見回す

 

ふと、手に残っていた半分の蜜柑が目に付いた

 

「んーむ...これは、いや、でも...ちょっと申し訳ないけど...無いよりは...?」

 

半分だけの蜜柑を睨み

なにやら思案すること10分

意を決したように顔を上げた彼は

蜜柑を持って拝殿の前へ立った

 

「これ...食べかけだけど、毒味をしたと思って許してくれると嬉しいなぁーなんて...」

 

おずおずと蜜柑を差し出し

ちら、と奥の本殿を見やろうとした

その時...

 

「そんな食べかけを我に寄越すとは何事かーっ!」

 

神様が怒った...と言うか喋った

と、そんな訳はなく

 

「...咲玖たん、僕はそういうのじゃ驚かないよ」

「あれっ、ダメかぁ...ふふ、今日も神様と仲良くしてる?黒雨」

 

"黒雨"と呼ばれた彼は振り返り

階段の下から見上げている男を呆れ顔で見る

 

「咲玖たんが邪魔したから狛犬も神も引っ込んだって言ったらどうしてくれるのー?」

 

「えー?それが本当だったら申し訳ないなー...あ、これあげるから機嫌直して」

 

そう言って、咲玖が差し出したのは

 

「みかん...」

 

「そうだよ、甘くて美味しい小ぶり蜜柑」

 

「...咲玖たん分かってるぅー!」

 

黒雨は一瞬にして笑顔になり

蜜柑へ駆け寄る

 

「綺麗なやつちょーだーい!」

 

「んー?これとか、これも綺麗だよ...はい」

 

いくつか蜜柑を受け取ると

また拝殿の前へと戻る

 

「神様、これあげるね!」

 

黒雨は賽銭の代わりのように

蜜柑を拝殿の前に置くと

キチンと参拝し、また狛犬の横へ腰掛けた

 

「あれ、僕の蜜柑の半分がない...咲玖たん!食べたでしょ!

君は自分で持ってきた蜜柑があるのになんで僕の蜜柑まで食べるんですかー?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ黒雨...俺は食べてないからね?って言うか、ずっと手に持ってなかった?」

 

「むー......ふむ、確かに僕は自分で半分の蜜柑を持ってた...あれぇ?」

 

「神様が悪戯で食べちゃったのかもね、ふふ」

 

「なに?!ちょっと神様ぁ!ちゃんと蜜柑あげたのに僕の食べることないじゃーん!」

 

突如本殿に向かって怒りだした黒雨に

驚きを隠せない咲玖が駆け寄る

 

「いやいやいやいや黒雨...神様って本当に蜜柑食べたりとか...それ以前にいるの?そこに?嘘でしょ?」

 

「もう!神様が僕の食べたなら僕は神様の食べるからね!それでおあいこだよ!」

 

咲玖の言葉を無視して

さっき拝殿の前に置いた蜜柑から一つ取ると

もぐもぐと食べだした

 

「ねぇ、黒雨くーん?神様って本当にいるの?ねぇ、ねぇってば...」

 

信じる事も、否定しきることも出来ず

咲玖はただ黒雨に問い続けた

 

すると、蜜柑を食べ終えたところで

彼は立ち上がり、狛犬を撫でながら

質問を質問で返す...

 

「...そんな事を知って、君はどうするのさ」

 

「そうだなぁ...もし、今そこに神様がいるなら

今後も皆に平穏無事を与えてくださいってお願いしたいかなぁ」

 

「どうして?」

 

「え、"どうして"って...そりゃあ皆には元気でいて欲しいもの」

 

「そうじゃなくて...」

 

振り返り、咲玖の目を見て問う

 

「平穏無事に生きるも死ぬも

僕らの勝手、行動次第なのに

何故それを神様に頼むの?」

 

参道から風が吹き

本殿の奥の布を揺らす

 

「僕を生きるのは僕であって、神様じゃない

だから僕は神様に僕の未来をお願いしたりしない

じゃあ、君を生きるのは誰?

ねえ...だぁれ?」

 

吹き止まぬ風が木の葉を巻き上げ

咲玖と黒雨の間を遮るように流れてゆく

 

「俺を生きるのは...ああ、生きるのは...俺だ」

 

ふ、と笑い

咲玖が拝殿の前に立つ

 

「...」

 

蜜柑を一つ置き、参拝をする

一礼を終えた頃には

風は静かに止んでいた

 

「何を願ったの?」

 

黒雨が無邪気な笑顔で聞く

 

微笑みながら咲玖が答える

 

「...いや、なにも......なにも願わなかったよ」

 

 

 

 

 

 

神を愛しながら

神を頼りにはせず

生きている子供がいる

 

「神様に何を願っても

僕を生きるのは僕しかいない」

 

そう言って、生きている子供がいる。