ユメウツツ

君ありて、幸福

『決着』

「なるほど、面白い冗談だね」

 

ここに来て襲の名前が出てくるとは思わなかった

この件に関して彼は完全な蚊帳の外だと思っていた

 

「冗談じゃない...本当に襲に頼まれたんだ

そうでなきゃ俺は何も知らずに過ごしていたよ

黒雨の言う通り、冬羽に異変は無かったからね

襲がどうやって気付いたのかも俺には分からない」

 

「ふーん...」

 

これは本人に聞かないと埒が明かないな

 

「今度は襲たんに責められるのかなぁ...

やれやれ、問題児は辛いぜ」

 

「襲にも全て話すの?冬羽や俺に言った話と同じ事を...」

 

まだ手首が痛むのだろうか

擦りながらなんとか立ち上がった彼は

少し心配そうに伺う

 

「そうだね、もうこうなったら仕方ないというか

そもそも僕は最初から本気で人間が嫌いだって言ってるんだから

信じてもらえてないと困るよ

襲たんがどうやって気付いたのかも気になるからねぇ...」

 

幸い今日はメンバー全員がオフだ

襲も自宅にいるだろう

ここから彼の家までそう遠くはない

 

時刻は午後7時

 

僕はまだ戸惑っている様子の咲玖を放置して

襲の家に向かった

 

道中、冬羽に電話をして

今まで起こっていた事を話すと

他人事のように笑いながら

「まぁ、後は頼んだ!」と言って電話を切られた

 

それから少し歩いて襲の家に着くと

インターホンを無視して扉を開けて入った

冬羽がさっきの通話で「襲の家カギかかってねーから入れるぜ!」などと

彼の防犯意識の薄さを教えてくれたのだ

 

「文字通りお邪魔するよー」

 

廊下を抜けて突き当たりの部屋に入ると

ダイニングキッチンに襲がいた

 

「ああ、黒雨か...どうした?」

 

どんな顔をするかと思ったら

至って普通の表情で迎え入れてくれた

声もいつもと変わらない

 

「んーと、なんだか拍子抜けしちゃったな

まぁいいや

とりあえずお茶ちょうだい

喉渇いちゃって...日本茶ならなんでもいーよ」

 

「?ああ、ちょっと待ってろ」

 

棚から茶葉や急須を取り出す襲を眺めながら

ふと彼の足元に目をやると黒猫がいた

邪魔にならない距離、けれど遠すぎない近さで傍にいる

名前は確かシャーロット

 

(随分と野性の抜けた猫だなぁ...)

 

そんな事を思いながら猫を目で追っていると

お茶を淹れ終えた襲が

僕の前に湯のみを置いて向かいの椅子に座った

 

コーヒーや紅茶を淹れるのは得意そうだけど

日本茶は下手そうだなぁと思いつつ一口飲む

 

「あれ、美味しい...」

 

予想に反して温度も抽出も文句のない美味しさに驚いて

思わず声に出してしまった

 

「あれってなんだよ...お茶くらい普通に淹れられる」

 

「ああ、そう、君って意外と器用なんだ」

 

ズズ...とお茶を啜って一息ついたところで

本題を切り出す

 

「あのね、さっきまで咲玖たんのところで話し合いをしてたんだけど

なんだか君が仕向けた事みたいだから話を聞きに来たんだよ

どうやってトワたんの傷を知ったの?

っていうか、君のせいで色々と面倒が起こった挙句、咲玖たんは言質を取られた訳だけど...どうしてくれるの?」

 

例え気付いても黙って流してくれていたら

僕と冬羽の間の約束は守られたし

咲玖だって余計な痛みを負わずに済んだ

まったく襲にも恨みしかないよ...

 

ちょっと睨みつつ反応を待つと

僕の問いかけに怪訝な顔をして

少し怒気を孕んだ声で話し始めた

 

「冬羽はあれで隠したつもりだろうがな...俺には無駄なんだよ

何年アイツの面倒を見せられてると思ってんだ」

 

知らないよそんな事

つまり冬羽にちょっとは異変があったって事かなぁ?

それを見逃さなかった?

 

うわ、気持ち悪い

僕の気味の悪さと良い勝負だ

面倒だとか厄介だとか言いながらこの男は

冬羽の一挙手一投足を見逃さないくらいには見てるって事でしょ?

見守ってると言えば聞こえがいいけど

ちょっとした変態扱いされても文句言えないよ

そういうのは二次元だけにして欲しい

 

「随分と大切なんだね、トワたんが」

 

「あ?そんな話じゃねぇだろ」

 

そんな話だよ馬鹿

無自覚もここまで来ると素直に感心する

 

「まぁ、気付いた理由はそれでいいや...それよりこの事態はどうしてくれるの?

君が追求したせいで僕とトワたんの間にあった約束は台無しだよ」

 

心底余計な事をしてくれたなという気持ちを最大限込めて責めてみた

 

当然と言うべきだろうか

眉を顰めて舌打ちをされた挙句、ため息をつかれた

ため息をつきたいのは僕も同じなんだけれど

今は黙っておこう

 

「テメェらの約束なんざ知るかよ

冬羽に余計な影響を与えるんじゃねぇ

アイツが壊れた時に引き戻すのは俺の役目って事になってんだぞ

面倒を増やすな、頼むから」

 

何言ってんだコイツ

 

さすがの僕もイラつかずにはいられない

引き戻すのが役目?へぇ、それは大層なお役目ですね

で、お前にそれを言う資格があるのか

いや、ある訳ないだろ

 

「咲玖たんに丸投げした君がそんなセリフよく言えたね

だったら最初から君が僕に問いただせばよかったじゃないか

それすらしないで自分は高みの見物?

職務怠慢もいいとこだよ」

 

痛いところを突かれたのか

一瞬、反抗しようとしてすぐに目を伏せた

当たり前だ 反抗されてたまるか

僕は間違ってない

 

「俺は...」

 

「いーよ言わなくて、分かるから

 

つまり君は僕が怖いんでしょ?」

 

「...」

 

沈黙は肯定の証とはこの事か

分かりやすく黙り込んだ襲に続けて畳み込む

 

「はは、気にするなよ

僕みたいな奴を避けたがらない人間がいるものか

君は正しく僕を避けたんだろ?別にそれが普通の反応だと思うよ」

 

別にフォローのつもりじゃない

僕みたいな奴を避けたがらない人間なんて今までいなかった

両親すら...いや、その話は置いとこう

とにかく僕の本心を知っても変わらなかったのは冬羽くらいだった

 

目の前の男はどうなんだろうか

僕の言葉に少し迷いを見せた後

観念したように口を開いた

 

「俺はお前の人間嫌いが本気だって、最初から信じてるからな...

いつだってお前は隙あらば誰かを殺そうとしてた

そんな目で、俺らを見てだろ」

 

は、はは

なんて事だ...まさか僕の本心を最初から信じてくれてたなんて

嬉しくて顔に出さずにはいられないよ

 

「...何笑ってんだ」

 

「いやぁ...こんなにも人間に感謝したのは初めてだよ襲たん

僕の言葉を信じてくれて、僕の本心を信じてくれてありがとう

けれどそんな君も大嫌いだよ」

 

彼だけは最初から僕をそういう目で見ていて

僕が彼らをそういう目で見ている事を知っていて

それでも今日まで無関心を貫いていた訳だ

 

おかげで僕は

人間が嫌いなのに人間として生きるしかない中で

Vanneという居場所をかろうじて得た

 

「ああ、ごめんごめん話を戻そうか...

君は最初から僕を要注意人物としてマークしてて、トワたんの異変に気付いた時に

真っ先に僕が原因だと判断したけれど、自分で当たるのは怖くて咲玖たんに丸投げした

 

こんな感じでいい?」

 

少々散らかった感のあるここまでの話を

簡単にまとめてみた

今回の一番の被害者は咲玖かもしれない

怖がりな友人に問題を押し付けられて

この僕を許してまったのだから

 

「概ねそんなところだけどな

お前が怖かったのもあるが、咲玖ならお前をなんとか出来るかとも思った

嘘でもお前はアイツに懐いてたからな

俺より可能性はあるんじゃねぇかと...まぁ、無駄だったがな」

 

無駄もいいとこだ

嘘なんだから可能性も何もあるものか

僕は等しく皆が嫌いだ

ただでさえ微々たる人らしさを最大限使って暮らしてるのに

誰か一人に向ける特別な感情なんか持ち合わせていない

 

「ところで...咲玖が取られた言質ってなんだよ

お前、何を言わせた?」

 

今さらそこを気にするのかよ

もっと他に言いたいことがあるだろうに

まだ頭の中で整理中かな?

 

「"黒雨を許す"だよ

僕の二度と殺そうとしないという言葉を信じて、トワたんが許した僕を彼は許した

それで咲玖たんが得た安寧は

仲間同士で傷付け合うことの無い暮らし、日常、Vanneという居場所...

なかなか良い容赦と安寧でしょ?」

 

ここで襲にも同じように言葉を貰おうと思っていたけれど

どうやらその必要はないみたいだ

なぜなら彼は既に...

 

「容赦と安寧か、なるほどな

冬羽とお前の間の約束ってのもそれか

だったら俺も提示してやるよ

 

俺が許すのはお前の本心、得る安寧は無くていい」

 

一瞬どころか数秒

何を言ったのか分からなかった

僕の本心を許す?

安寧は無くていい?

なんだそれは

都合が良いにも程があるだろう

 

「殺されたいのかお前」

 

...おっと、危ない

錯乱して口が滑った

 

「いや、間違えた...えっと

気は確かかな襲たん?」

 

可愛く笑って確認する

 

もしかしたら聞き間違いかもしれない

というか聞き間違いの方が有難い

こんなの都合が良すぎて気持ち悪い

 

「別に狂ってねぇよ

俺はお前の本心を許す

安寧は要らねぇつったんだ」

 

うん、聞き間違いじゃなかった

こんな大事を淡々と言ってくれるな

最初の面倒を増やすなって言葉はどうした

冬羽に余計な影響を与えるなって言葉は?

僕の本心を許したら面倒も影響も定期的に与えるぞ

 

「君、もしかして投げやりになってない?」

 

「なってねぇな」

 

嘘だろ

さっきから顔色ひとつ変えないけど

一体どういうつもりなんだろうか

 

「理由が知りてぇならそう言えよ

俺は途中まで答えを二つ用意してた

いや、細かく言えばもっとか...

けど咲玖が言った言葉を聞いて決めた

冬羽が許したお前を咲玖が許したなら

俺は咲玖が許したお前を許す

もちろん、冬羽に関する今後の面倒は負ってやるよ」

 

そんな伝言ゲームみたいな許され方されても困るなぁ

いや、許してくれるのはいいけどさ

 

「なんて言うかそれは...君が不利すぎない?

さすがの僕も気が咎めてきちゃった

人らしく安寧くらい求めろよ

あるでしょう、僕に消えて欲しいとか

僕を殴りたいとか殺したいとか」

 

「俺にお前は殺せねぇよ」

 

そんな訳あるか

本気の襲に僕は敵わない

背も体力も負けてる

明らかに殺せる

 

「つーか、俺は人が死んでも嬉しくねぇし...今さらお前を手放せるかよ

お前みたいな問題児、冬羽と一緒に監視されるのがお似合いだ

自分に都合の良い展開を素直に喜べ」

 

生憎、僕は根本から捻れてる捻くれ者だからね

喜べないし嬉しくない

大体、手放せないとは何事か

そんなデレ今は求めてない

いっそここで殺し合いになった方がマシだ

 

「そんな聖人君子みたいな提案を手放しで喜べって?無茶言うなよ襲たん

言っておくけど、僕はこれからも無意識に無作為に面倒や影響を提供するよ?

それを君は片っ端から修正していくつもり?」

 

「ああ」

 

これは何を言っても無駄というやつだろうか

僕もなかなか強情だけど、コイツも相当だ

 

さて、ここらで幕引きにするのが妥当だろう

まったく彼の無欲さは理解できないけれど

そもそも僕と冬羽の間では終わった話だし

こんな事になったのは蒸し返した襲のせいだ

もう丸く収まるならそれでいい

 

「分かったよ...別に僕はVanneを失いたい訳じゃないからね

君が許してくれるなら甘えようか

ただ、やっぱり君が不憫だから

僕はトワたんと同じ痛みを負っておくよ」

 

テーブルに置かれたフルーツバスケットに差し込んである果物ナイフを手に取り

自分の鎖骨辺り、冬羽を刺した場所と同じところを刺して見せた

 

襲は目を見開き絶句し、勢いよく席を立つと僕の傍へ駆け寄った

 

「あ、は...フォークとナイフじゃ釣り合わねー

でも、倍返しって事で受け止めてくれればいいや...」

 

「馬鹿じゃねぇのかテメェ!誰がそんなこと頼んだんだよ!」

 

僕が僕を許すにはこれくらいしないと無理だ

人間を嫌いなんて本心を持ち合わせておきながら実際、酷い有様だ

人の優しさに許されて

人の情に甘やかされて

まるで矛盾している

 

だけど僕は今さら人を好きにはなれない

心が、体が、何かが拒んで邪魔をする

僕はきっと生まれてくる種を間違えた

動物や植物に生まれるべきだったんだ

 

「ああ、ちくしょう

君達の傍は生きづらいなぁ...僕の全てが通用しない

出会った事が不運の始まりとしか言えない

最悪だ、最低だ...僕だって君達を手放せなくなっちゃったじゃないか」

 

ハンカチで僕の傷口を押さえながら

彼は優しく笑った

 

「そうかよ、そりゃ良かったな」

 

良いわけあるか勘弁してください

 

...明日から僕は、今までと変わらず

我が儘で適当で可愛い

無邪気と邪気の塊に戻る

 

彼らも何事も無かったように

笑って暮らすんだろう

 

やれやれ、みんな大嫌いだ

いつか同じようにくたばればいい

具体的には50年後くらいに

安らかに滅亡すればいい

 

その時は僕も、喜んで滅ぶとしよう。

 

 

 

 

 

 

~END~

『容赦と安寧』

「冬羽に、何をしたのかって聞いてるんだよ...黒雨」

 

オフ日の午後4時、咲玖に呼び出されて彼の部屋に来ていた

問いただされているのは何の事だろう?

さっきから考えているけれど

一向に思い当たらない

 

「んー...今日はトワたんに会ってないから何もしてないよ?

変なこと聞くねぇ...夢見でも悪かった?」

 

事実、今日はこの部屋に来るまで自宅で寝ていた

冬羽から連絡も無かったし本当に会ってない

僕は嘘はついてない

 

のに...

 

「そうじゃない、そうじゃないよ黒雨

今日の事じゃなくて

きっと、恐らく数週間前の事だ

君は冬羽に"何か"をしたんだ」

 

数週間前...美味しいケーキを食べながら過ごした日

そう、美味しいケーキを食べたついでに

「トワたんを刺した日だね、フォークで。」

 

「お前...っ、何を...」

 

「でもおかしいなぁ...確かその話は僕とトワたんだけの秘密だよ?

なーんで咲玖たんがそんな事知ってるのかなー

...と、思ったけど違うか

君ってばトワたんが隠しきれなかった異変に目ざとく気づいた訳だ?

それで真っ先に僕を疑ったのはどういう了見かさっぱり分からないけれど

まぁ、その偏見については見当違いじゃなかった事に免じて許すよ」

 

にっこり笑って僕は咲玖を許してあげた

人らしく情の過ぎる彼を優しく許してあげた

これは褒めてもらわないと割に合わない

 

「笑い事じゃないだろ!仲間を傷付けるなんて何を考えてるんだお前は!

いくら俺でもそんなの許容できないよ!」

 

えー、褒めるところだと思うんだけど

なんで掴み掛る勢いで怒ってるんだろう

咲玖ってこんなに情緒不安定だったかな

 

「許容できないって...今は君の狭量さの話じゃないでしょ?

そもそも僕はトワたんに許されたし、僕もトワたんを許したよ

つまり、えーっと、そう...君には関係ない」

 

だってあの事件は事件にならず終わった

冬羽が殺されたがった事実も

僕がフォークで冬羽を刺した事実も

全部、終わった話なのだ

ここで咲玖が出しゃばる問題じゃない

 

「関係ない?そんな訳ないだろ!仲間が仲間を刺すなんて残虐な事件...俺には放っておけない!」

 

勢いよく肩を掴まれてちょっと首を傷めた

言っておくけど僕の身体は強くない

筋肉もないしそもそも骨が細い

フォークで人を刺す程度の力しかないのに

この男ときたら遠慮なく揺さぶってきた

 

「あー...首が痛い、肩掴んで揺らすのやめて

やれやれ君はお節介が過ぎる上に暴力的ときた...こんなの僕の手に負えないよ

負けても負えない負えても負ける

だから...離して」

 

「痛っ...?!」

 

さて、みんな知ってるよね

人間は関節をぎゅーってされると痛いの

護身術に使えるよ、覚えて帰ってね

 

「子供の頃に一人はいたでしょ?

友達の手首を絞めて『痛い?(笑)』って聞く奴...何が楽しいのか分からないあの戯れ

まさかこの歳になってやるとは思わなかったけど...ねぇ、痛い?(笑)」

 

手首を押さえて距離を取ろうとした彼に

ぐっと顔を近付ける

 

「君は僕の手に負えないけど、君の手に痛みを負わせるくらいは僕にも出来る

仕方ないから聞いてあげるよ

君は何が望みで終わった話を蒸し返してるの?」

 

じっと見つめて話を促すと

睨むような、畏怖するような

複雑な目を向けて口を開いた

 

「だ、から...仲間を...「ごめんやっぱり面倒だから今のナシ」

「え?」

 

手首を押さえている方の手を掴んで

さっきより強く握り締める

骨を折る気で握ればちょうど非力な僕でも彼を無力化できるはずだ

 

「!い゛...ぅ、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!」

 

「...あれ?」

 

思ったより反応がえげつなかったので

パッと力を緩めると

彼はうずくまって唸り出した

僕って意外と握力あるんだなぁ

 

「黒 雨...なんで、こんな事を...?」

 

なんだそのセリフは

それじゃまるで僕が残酷な犯罪者か何かみたいじゃないか...失礼しちゃうな

なんでってそんなの...そんなの...

 

「...?理由か、理由...えっとねー

あ、昨夜の夢見が悪かったから」

 

「...は?」

 

「昨夜の夢見が悪かったから君に八つ当たりした

そんな感じでどう?」

 

「どう?って...お前...」

 

「オマケに君が持ち前のお節介で終わった話を蒸し返した挙句、僕を揺さぶって首を傷めたから仕返しした」

 

未だ座り込み手首を押さえている彼を見下ろして

懇切丁寧に"理由"を説明したのだけど

どうも彼は放心しているようだ

ちっとも反応がない...

 

「咲玖たーん?」

 

「...っあ、お前は...おかしい...」

 

「おっと、イキナリ悪口?

うん...まぁいいよ

そういうのは気にしないから

それと、僕は一番大事なことを言い忘れていたからね

その混乱を少しでも緩和するために教えてあげるよ」

 

さっきから咲玖の反応に違和感があった

どうして彼はこんなに物分りが悪いのか

どうして僕に対して"仲間"なんて言葉を連呼するのか

そう、僕は大事なことを伝えてなかった

冬羽に話したことで他の人にも伝わった気になっていた

 

「僕はね、本当に人間が嫌いなんだよ

冗談じゃなくて、嘘でも照れ隠しでもキャラ付けでもなくてね?本当に人間って生き物が嫌いなの

だから君達を仲間だとは思ってない...」

 

冬羽に話した時と同じ説明をした

微生物より微々たる感情と人らしさを最大限使って彼らと仲良くしていること

本当に殺したいほど嫌いなこと

でも殺せないこと

そう、あの日冬羽に話したことを教えてあげた

 

こうなったらいっそ襲たんも一緒に聞いてくれたら今後が楽だったのにとか

途中からそんな風に思いながら話していた

 

僕の言葉を聞くたび咲玖の目は伏せがちになり

ちょうど頭を抱えだした辺りで話し終えた

 

「...つまりそんな訳で僕はトワたんを刺したけど、トワたんは僕を許したってコト 分かった?」

 

僕の問いかけに答えようとせず

ただただ黙り込む彼に寄り添い抱き締めた

一瞬、身体が強ばったのを感じたけれど

構わず続けて話しかける

 
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「ねぇ、咲玖たん...僕はトワたんを刺した後に言ったんだよ

こんな事を君や襲たんが知ったら

Vanneは終わりだと思うよって

でも、トワたんは君達を過大評価してこう答えた

『襲と咲玖がそんな薄情だとは思わねぇ』ってね...」

 

肩を支えて覗き込むと

少し震えながら顔を上げて僕を見た

その表情はなんと言えばいいのか

今にも泣き叫びそうな表情で

けれど、何かを理解しようと必死なようにも見えた

 

「...こんなの、情の問題じゃない

刺したお前も刺されて平気な冬羽も

そんなお前達を情だけで許すと判断した二人の考え方も全部、全部おかしい...

 

おかしいのに...これじゃあ俺が間違ってるみたいじゃないか」

 

よく分からないけど、きっと咲玖は間違ってない

僕らの中で一番の常識人と言われる彼のこと

多分その考え方が一番正しいのだろう

だけど...

 

「君は間違ってる訳じゃないと思うけどね

残念ながら君が身を置いてる場所は

その正しさこそが仇になる」

 

だからって僕が間違ってる訳でもないけど

 

「どうして、お前達は正しく生きられないんだ...せめてVanneの中だけでも

嘘でもいいから正しく平和に生きてくれよ」

 

懇願するように僕にもたれる彼を見て

果たして僕は何を思っただろう

可哀想とか、申し訳ないとか

そんな感情が湧けば良かったのかもしれない

 

実際は、全く記憶にないほど何も思わなかったのが真実だけど

 

「それは無理だよ...というか、よくそんな酷い無茶を言えるね

そもそも、僕もトワたんも自分なりに容赦と安寧ってのを持ってるのに

何も持たない君が偉そうに言うなよ」

 

あ、今なんで俺が責められてるんだって顔した

さすがの僕にも分かった

だけど、こんなの責めたくもなって当然だ

 

「...容赦と、安寧?」

 

「僕は人間が嫌いだけれど、僕にだって人らしさがある...だから君達を許してVanneという場所に身を置き、これでも平和に暮らしてる

トワたんは唯一、僕みたいな奴が苦手だけれど...僕を許してVanneを守り

あれでも平穏に暮らしてる

なのに君ときたらあれも許さないこれも許さない

何も容赦しないどこにも安寧がない

そんなの...許されるわけないでしょ

もしかして君は、自分が正しいから全て自分に従えとかそういう独裁的な話をしてるの?」

 

なんとなく最初から分かっていた

Vanneの中で不協和音を乱すのは咲玖だと

だって出会った時から彼は綺麗な音ばかり

なるほど、それは確かに個々の不協和音となら上手く合わさって素敵な音楽になるかもしれない

けれど、二対一、三対一になればどうだろう

こうやって綺麗な音は不協和音に飲まれて

消え入りそうになりながら足掻く

 

「違う...俺はただ、大切な人に傷付いて欲しくないだけだ

大切な人に...刃を振るって欲しくないだけだ...」

 

こんな事になっても僕を大切だという

彼も一度好きになったら二度と嫌いにならないタイプなのだろうか

本当に人間は分からないな

 

「まぁ、それが君の安寧だと言うのなら

簡単な話だよ、僕を許す事だ

僕は誓ったよ?どうせ殺せないんだから金輪際、君達を殺そうとはしないって

だったら君が許すのは僕の過去の過ち、たった一つでいい

それだけで君も僕らと同じ

平和で平穏な暮らしが出来る」

 

本当は過ちだなんて思ってないけど

 

そもそも冬羽が殺されてみたいなんて言わなければ

僕の人間嫌いを軽視しなければ

あんな風に会話を"誘導"しなかったのに

全く、冬羽には恨みしかないよ

 

「黒雨を...許す...?」

 

「そう、僕を許すんだよ

子供の悪戯を笑うように

無意識の無礼を流すように

不意の事故を示談にするように

凄惨な被害を不運で済ませるように

...それだけで、君に安寧が訪れるよ」

 

ここまで言ってふと思った

何故こんなことになったのかを

 

冬羽はあの後、本当に誰にも何も言わず

傷も見えないようにバレないように

それはそれは上手く隠していた

僕もしれっとしていたし

特にお互いを避けたりもしていない

どころか今まで通り一緒に襲たんをからかって遊んでいたくらいだ

 

正直、一生バレない自信があった

なのに...ズバリ言い当てられたわけじゃないとはいえ

咲玖は僕が冬羽に"何か"をしたのだと

察して、問いただし、僕に吐かせた

 

冬羽が隠しきれなかった異変に気付いたんだね...と言いつつ

僕は納得していなかった

冬羽は隠しきっていたから

 

そうなるといよいよ訳が分からない

どうやって彼は僕と冬羽の秘密に気付いたんだろう...

 

「許すよ」

 

僕の提案を聞いた後

しばらく考え込んでいた咲玖がポツリと呟いた

 

「ん?」

 

「俺はお前の過去を許すよ...黒雨

二度と殺そうとしないって言葉を信じて

冬羽が許したお前を許すよ...」

 

「そう、良かった

これで君も僕らと同じになれたよ

晴れて安寧は君のものだ、おめでとう」

 

顔は全然、許すって顔じゃないけどね

言質は取れたし僕は構わない

 

「ところで、一つ気になることがあるんだよ

許すついでに教えてくれない?」

 

「...何を?」

 

「君が今回のことに気付いた訳を教えておくれよ

話を進めるためにトワたんの異変に気付いたどうこう言って決め付けたけど

...そんな訳ないよねぇ?」

 

率直に疑問をぶつけると

分かりやすく目を泳がせた

人の目って本当に泳ぐんだなぁ

反応からしてやっぱり冬羽に異変があった訳じゃない

さらに言うと真実は多分、ロクなものじゃない

 

なにやら迷った後、咲玖が重い口を開いた

 

「俺は、気付いた訳じゃない

襲が...頼んできたんだ

 

『冬羽が怪我した理由を黒雨に聞いてこい』って」

 

へぇ、襲が...

 

「...なるほど、面白い冗談だね。」

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued(?)

『"だろう"とか思っているから』

「俺、死んだらどーなるのっかなー?とかそんな好奇心は薄れたんだけどさ、じゃあ果たして殺されたらどうなるのっかなー?なんて思い始めたんだけど、お前どう思う?

...ねぇ、黒雨」

 

二人きりの楽屋で

唐突に、けれどほぼいつも通りに

冬羽の"好奇心"が発揮されていた

 

違うことと言えば、相談する相手が違った

本当にいつも通りならばそこには襲がいるはずであり

そして襲はこれまたいつも通り『テメェを殺す手はねぇな』などと答えつつ阻止するはずだ

 

しかし今回、目の前の相談相手は黒雨

無邪気と邪気の塊で

無邪気が邪気を被り

邪気が無邪気を被った彼は

当然、襲のような答えはしない

そして、こんな相談をされても顔色ひとつ変えず

差し入れのケーキを食べながら言うのだ

自然に自然とこんな答えを...

 

「へー、ほー、ふーん

トワたんは殺されたいんだー

じゃあ今すぐ何もかも終わりにしようよ
僕が粛々と手伝ってあげる
安心して、直ぐ一瞬で尽く完全に恙無く軽率に悠々と安易に終わる
その気になれば命なんてそんなものさ
君はそれを!望んで!いるんで...しょっ!」

 

さっきまでケーキを突っついていたフォークの柄を握り込むと

躊躇なく頸動脈目掛けて振りかざした

 

「っ...ぅおぉあっぶね!」

 

間一髪のところで避けられたフォークが

冬羽の後ろの壁に突き刺さり止まる

 

「...ちょっとぉ、避けたら殺せないでしょー?って、あっ!抜けないぃー!」

 

しっかり壁を刺したフォークは簡単には抜けず

黒雨は唸りながらなんとか引き抜いた

 

「ぃや、いやいや黒雨くーん...まさか本当に殺されると思わねーじゃーん

トワたんビックリだわー

つーか、お前を殺人犯にはしたくねぇし!」

 

驚きと若干の恐怖で笑顔の引き攣る冬羽を他所に

何事も無かったように引き抜いたフォークで再度ケーキを食べながら話しを進める

 

「僕は別に殺人犯になってもいーよ

だって殺人したからって自然は汚れないしー

むしろ自然を汚す人間が減るなら結果オーライ?

あー、でも骨は残るんだよねぇ

人の骨って土に還らないんだよ...はぁ、全く迷惑だね」

 

(何の話をしてるんだ...)

 

完全に本来の"相談"からズレているし

例え本人が良しとしてもやはり友人を殺人犯にはしたくない

かと言って冬羽の相談内容に、その好奇心に嘘はないのだ

本当に殺されたらどうなるのか気になるし

もしさっきフォークを振りかざしてきたのが見知らぬ他人なら構わず刺されたかもしれない

 

「あのー、黒雨?俺は殺されたらどうなるのかなって思っただけで、殺されたい訳じゃねーし

やっぱりお前を殺人犯にはしたくないし

んでもって...」

 

「殺されたらどうなるのか知りたいなら殺されてみなきゃわからないし

つまり君は殺されたいんだって結論にしか至らないし

殺されたら僕が殺人犯になろうが君には関係なくなるし

んでもって、君は好奇心の使い方を間違えてる」

 

薄々気付いているだろうか

黒雨という人間は"こう"なのだ

 

答えは大体0か100で

120は無くとも-100はあって

人間の命の重さはピラミッドの一番下で

自分の身の振り方はどうでも良くて

つまり人間に対してどうしようもなく"非情"

 

法律も常識もルールもしきたりも

人間が作ったものであり自然のものではない

だから従う価値はない

そしてまた自分自身も人間であるがために

大切にする必要がない

 

それでも彼が今日まで生きているのは

人間として消しようのない本能、死への恐怖を克服できずにいるからだ

もしそれを消せたならば、彼は明日にでも全人類を巻き添えに死ぬだろう

 

自然を自然と殺しているのは人間

後から来たくせに我が物顔で生意気だ

地球滅亡は阻止しても人類滅亡は喜んで受け入れる

それが黒雨の考え方である

 

「えーっと、まぁ黒雨の自然大好き人間嫌いは置いといて...好奇心の使い方ってなに?」

 

生クリームでデコレーションされた口周りも気にせず

ケーキのイチゴをちびちび食べながら冬羽を見つめる

 

「好奇心ってのはねぇ、分かりきったことには使わないんだよトワたん

いつも思ってたんだけど...傍から見たら君ただのメンヘラだよ

『Vanneを辞めたらどうなるか?』解散するか君がいないだけの新生Vanneが始動するかどっちかだろ

『死んだらどうなるか?』死ぬよ

『殺されたらどうなるか?』死ぬだけだよ

どれもこれも"それだけ"だよ

そんな程度の答えしかないよ

君はそんな程度も想像つかない...ワケないよねぇ

だからって止めて欲しいとか心配されたいとか注目されたいとかでもない

ただ好奇心の使い方を間違えてるんだ」

 

根も葉もない

進路も退路も経ちかねない事実を淡々と告げると

この話は終わりとでも言うように黙々と残りのケーキを食べ始めた

 

「...やっぱり、そんなもん?」

 

「やっぱりそんなもん。だよ...それ以上も以下もない

死にたくないなら二度と考えない事だね

まぁ、もっとも"殺してみたい"とかいう好奇心なら僕は喜んで付き合うよ」

 

「殺したら相手が死ぬだけとは言わねーのな」

 

「...うん?そりゃあ死ぬだけだよ

でもねぇ、僕は一人でも人間が減るなら万々歳だし

もしかしたら命を奪った罪悪感みたいなものが生まれて死にたくなるかもしれないし

そしたら僕も減って万々歳だよね」

 

またしても論点をズラされた気がする

 

「黒雨さぁ、そんな人間嫌いなのによく俺らと仕事したりプライベートで遊んだりできるよな...それこそ殺したくならねぇ?」

 

「うん、なるよ」

 

ケーキを食べきって次のおやつに手を伸ばしながら

日常会話的に恐ろしい答えをしれっと言う

 

「...なるのかよ」

 

「でも僕も残念なことに人間だから、なけなしの友情とか同情とか愛情とか

米粒くらいの罪悪感とか恐怖心とか背徳感とか

申し訳程度の喜怒哀楽なんかがあるわけで...

そんな諸々の脆弱な人間らしさを最大限使って君達と仲良くしてるの」

 

「あ、そう...そりゃどうもありがとうございます」

 

「どういたしましてー

まっ、君達って僕が好きだからね!

こんな人間嫌いで我が儘で適当で可愛い僕のコト...何故か好きでしょ?」

 

そう、冬羽も咲玖も襲も...事務所のスタッフ達も黒雨が好きだ

"何故か"好きなのだ

 

「はは、ほーんと何でか分かんねーけど大好きだぜ黒雨」

 

「...本気にしてないからだよ」

 

「え?」

 

鈍い音と共に鋭い痛みが走った

鎖骨の辺りに違和感を感じる

目の端に嫌でも映るそれは

 

「...っあ、フォー...ク...?」

 

「僕が本当に人間嫌いだと思っていないから

僕が本当に人類滅亡を歓喜すると思っていないから

僕が本当に人間であることを残念で仕方ないと思っているなんて

まさか、まさか、まさか!自分も人間のクセに人間を嫌いだなんてそんな!

中二病じゃあるまいし...ってねー?」

 

 

「って...あ、嘘だろ黒雨...お前」

 

先程、壁を突き刺したフォークが

今度は確実に冬羽の首元に刺さっていた

運良く急所は外れていたが

見事に刺さったそれは

抜くのも放置するのも怖かった

 

冬羽は黒雨から距離を取り

フォークごと首元を押さえる

 

「君達が僕を好きなのはね、なに簡単な話だよ

僕をただの自然愛好家だと思ってるからだ

そして大体自然を壊すのは人間だから

まぁつまりそんな感じで人間を嫌いだなんて言ってるだけだって

本当は友達だけは大切で、本当に人類滅亡なんて起ころうものなら他者と共に阻止する道を選ぶだろうと

"だろう"とか、思ってるから...まぁ君はそんな目に遭ってるんだけどね?」

 

「は、マジかお前

本当に人間が嫌いだって言うのかよ...」

 

「まぁね

けれどもう一つどうしても、忌々しくも本当の事がある

僕にもなけなしの米粒くらいの申し訳程度の感情が存在するから

だから...急所を外しちゃった」

 

「俺的にはラッキーな訳だけど...あー、ホントまさかだわ

まさか刺されるとは思ってなかったし

つーか、お前の言った通り勘違いしてたよ俺は」

 

「そう、だと思ったー

人は殺したら死ぬし僕は人が嫌いだし嫌いなものは殺したい...僕はいつだってこんなにも正直にお伝えしてきたのに

誰も本気にしてないからビックリしちゃって

本当にもうどうしようかと思ってた」

 

「でも、お前はやっぱり人を殺せない...だろ?

えーっと...なけなしの米粒くらいの申し訳程度の感情があるんだからさ」

 

「嫌なとこ突いてくるなよトワたん

いや、突かれてるのは君の首元だっけ

まぁいいや...そうだよ殺せない

で?だからって君は明日からまた僕を好きでいられる?明日からまたオトモダチに戻れる?そーんな都合のいい...」

 

「戻る必要はねーよ、そもそも今だって未だに俺はお前が好きだし友達だと思ってるぜ、黒雨」

 

───今回、冬羽は相談相手を間違えたが

黒雨もまた相手を間違えていた

突き刺した相手は何かを嫌うとか軽蔑するとかそんなネガティブな感情を持ち合わせていない

全てをポジティブに変換するような男であり

また、一度友達と"思い込んだ"相手を

二度と他人とは思わない男だった

 

「今まさに刺されたのに友達のままだって?あっははー、バッカみたーい

そう言えば君ってそんな奴だった

忘れてたよ...失敗したなぁ

でも襲たんや咲玖たんはどーかなー?

僕が君を刺したなんて聞いたら

怖くて二度と僕に近寄れないんじゃない?

それこそ今日にでもVanneは終わりだよ」

 

「襲と咲玖がそんな薄情だとは思わねーけど...まぁ、だったら俺が黙ってればいいんじゃね?バレなきゃオールオッケー的な?」

 

「うっわー、ポジティブもそこまで行くと病気だよ

なのに後ろ向きな好奇心でいつも襲たんを困らせてるんだ...タチ悪ぅい

でも、いーの?ここでトワたんが黙ったら、僕は次に襲たんや咲玖たんを刺すかもよ?

殺せないからって殺さない理由にはならない」

 

「いやいや、なるっしょ

殺せねーのに殺したって骨折り損じゃん

お前はそんな面倒はやらねーよ」

 

人間嫌いでも、我が儘で適当で可愛い黒雨のこと

そんな邪気だけの行動はしない

それは冬羽も襲も咲玖も...みんなが知っていた

そして、それは事実だった

 

「...あーあ、僕の可愛さが仇となったね」

 

(可愛さじゃなくて我が儘で適当ってところだと思うんだけど...)

 

「じゃあもうトワたんの甘さに甘えて僕は明日からもしれっと君達の友達でいるよ

せーぜー怪我がバレないように尽力してよねー」

 

「はは、大丈夫だって

見た目はエグいけど言ってもフォークだからな...大した傷口じゃねーよ」

 

「あっそ、そりゃなによりでー」

 

こうして黒雨の初めての人殺し(未遂)は

本当に何事も無かったように終わり

翌日からまた、平和なVanneの活動が続いた

 

冬羽はこれ以降、黒雨に相談することは無くなり

代わりに襲が全て負うことになった

黒雨はこれ以降、殺すことはしなくなり

代わりに咲玖がしこたま我が儘を聞く羽目になった

 

「なぁなぁ黒雨、いくらなんでも咲玖に我が儘言い過ぎじゃねぇ?」

 

「直接殺せないなら間接的に過労死とかどうかなーと思って、実践中★」

 

「咲玖たーん!逃げろー!」

 

 

 

 

 

もちろん

襲も咲玖も急に負担が大きくなった理由を知らず

ただただ振り回される日々を送ることになったのは言うまでもない

VanneSTORY 惹かれるもの

「シーン72 カット6 テイク2!」

 

助監督の掛け声と共に

カチンっとボールドが鳴り演技が始まる

 

「...俺の事、本当にもう好きじゃないの?」

 

目の前にいるのは昔の彼女

俺は彼女と再会し、別れたことを後悔して

彼女の気を引こうと必死になる

 

そんな"役"

 

「カット!OKでーす!ちょっと休憩にしましょう!10分後、再開します!」

 

カットがかかるとフッと力が抜ける

中には憑依型と言ってずっと役になりきっている役者さんもいるけれど

俺はON/OFFハッキリしているタイプだ

 

「はぁ、今回は全っ然 役に感情移入できねー...元カノと再会して未練が目覚めるってか?俺には元カノもいないっつーか恋愛感情もねぇっつーの」

 

「なにボヤいてるの冬羽?」

 

「あ、咲玖たぁん♥なぁなぁ俺ちゃんと未練がましい元カレ役できてる?」

 

「うん?大丈夫、ちゃんと表情も声色も役に合ってる

さっき監督もモニター見ながら頷いて満足気だったよ」

 

「よかったー...なんせ経験ねぇもん、何が正解かわっかんねーっての」

 

今回は咲玖も同じドラマに出演している

俺にとっては大変嬉しいキャスティングだ

役は元カノの旦那なんていうかなり相容れない設定だけど

 

「経験...かぁ、そう言えば冬羽は恋愛感情が分からないんだったね」

 

「そうそう、前ちょっと襲に相談してみたんだけどよく分かんなくってさー

咲玖は恋したことある?つーか絶対あるよな、なんか大人だもん」

 

「なーにそれ、ふふ...俺はまだまだ大人とは言えないよ

でも、そうだね、それなりに恋はしてきたかな」

 

「やっぱりー!!ちなみにどんな恋?」

 

「どんな...んー、普通だよ

相手を可愛い人だな素敵な人だなって思って...近付きたいって感情が生まれてね

話しかけるために色々と理由を作ってみたり

分かりやすく優しくしてみたり」

 

「え、まじピュアなんですけどー

なんなの?咲玖たんは俺への好感度を上げてどうする気なの?口説くの?」

 

「どうもしないし口説かないよ(笑)

冬羽が聞いたんじゃない」

 

「いやー、そんな絵に描いたような恋は漫画で間に合ってるから

もっと変わり種の恋ねぇの?」

 

「なに変わり種の恋って...それこそ漫画的だと思うよ

恋なんて本当はそんなものだよ

普通に惹かれて普通にアタックして普通に結ばれたり振られたり...ね」

 

「ちなみにキス出来るってのは恋とは...」

「言えないね、キスしたいって思うのが恋かな」

 

襲と同じ事を言われた

なんとなく分かってたけど

というか、普通に惹かれて...のところから躓く俺は一体なんなんだろう

 

「冬羽ー?もうすぐ撮影再開だよ?」

 

「えっ、あ、おう!」

 

スタッフから貰った紙コップのコーヒーを飲み干して

立ち位置に戻る

 

「冬羽!」

 

「?なーにー」

 

「別に女の子じゃなくていいよ、君が惹かれるものを想像してごらん!それを人に盗られたと思って演じてみて!」

 

「俺が惹かれるもの...? 」

 

 

 

 

 

「シーン75 カット2!」

 

カチンっとボールドが鳴り演技が始まる

 

(俺が、惹かれるもの...それが他人に...)

 

「ああ、無理だ...諦めるなんて...

そんなこと俺には出来ねぇ!

絶対にお前を取り戻してみせる!

何があっても、絶対に...絶対にだ!」

 

「...」

 

「あ、カ カット!OKです!!」

 

掛け声の後に周りがざわつくのが分かった

 

「あのー...今のなんかおかしかったっすかね?」

 

恐る恐る監督に聞いてみる

 

「逆だよ逆!冬羽くん今のいいよー!

もちろん今までのも良かったけどね、やっぱり演技感が残ってたんだよね

今のは全然、感情の乗り方が違ったよ!

次もその感じで頼むよー?」

 

思わぬ言葉に咲玖の方を見ると

OKサインを出してニッコリ笑ってくれた

 

「...はい!がんばりまっす!」

 

俺は気合いを入れ直し

咲玖のアドバイスを意識しながらその後の演技を無事に終えた

 

 

 

 

 

「カット!OK!これにて冬羽さんオールアップでーす!」

 

「ありがとうございましたー!」

 

パチパチと周りが拍手を送ってくれる中

咲玖が花束を渡してくれた

 

「冬羽、お疲れ様 最高の演技だったよ」

 

「へへっ、咲玖たんのおかげ!本当にありがとな!」

 

「どういたしまして

ところで、一体なにを思い浮かべたの?冬羽が惹かれるもの...」

 

「ん?知りたい?それはー...」

 

 

 

 

 

それは..."Vanne"

俺が惹かれて仕方のないもの

人も、事務所という場所も、皆との時間も

どれも他人に奪われたくない

どうしても惹かれてしまうもの

きっとこれからも諦められないもの

 

愛しい...俺のすべて

干渉

なかなかにぶっちゃけた話をすると

俺は彼が苦手だった

 

素の彼はいつも笑顔

別にその笑顔が嘘っぽいなんて事はないし

むしろ周りまで明るい気持ちにさせる

素敵な笑顔だった

 

けれど、俺はその笑顔の真裏のところに潜む

"何か"が怖くて、不安で、心配だ

 

間借りなりにもリーダーを務める身として

彼のもつ不安定なところを危惧していた

 

「やっほー!咲玖!今日の撮影もよろしくなっ?」

 

「おはよう、冬羽 よろしくね」

 

ポンっと俺の肩を叩き

軽い挨拶を交わすと

彼は荷物を床に置いて椅子に座った

 

ふと、服の襟から覗く首筋に

なにか嫌な跡が見えた

それは まるで...

 

「?なぁんだよ咲玖たーん ジッと見つめちゃって!いやんっ」

 

「ああ、いや、その...冬羽...首の、それ...」

 

「え?あー!これな、ちょっと昨日"絞めてみた"んだけどー...やっぱ跡残ってるかぁ

まっ、今日の衣装なら大丈夫っしょ!」

 

そうじゃない...そういう事じゃない

「絞めてみた」なんて言い方があってたまるか

何を思ってそんな事をしたんだ

何か悩みがあるなら言って欲しい

俺に出来ることがあるなら...

 

「咲玖たーん?...固まって、どした?」

 

「...何でもないよ」

 

言いたいことは山ほどある

こんなこと、放っておいちゃいけない

彼に確かめないと...

そう思っても、俺は言えない

 

俺の言葉で彼を壊してはならない

中途半端に救ってもいけない

首を絞める理由なんて大概決まってる

"死にたい"か"そういう趣味"かだ

 

どちらにしても俺の手には負えない

本当に死にたいなら俺は口出しするべきではないと思うし

そういう趣味だとしても同じこと

薄情だろうか、それならそれでいい

 

でも俺は、生きるより辛いことなんてないと本人が思うのならば

自ら終わらせてしまうことも悪ではないと思うから

四六時中面倒を見てやれる訳でもないのに

下手に手を出して彼を苦しめる方が

ずっと悪だと思うから...

 

「なぁ、咲玖ー?さっきからやっぱオカシイぜ?なに考え込んでんの?」

 

この想いくらいは言ってもいいだろうか

彼の人生に関係しないだろうか

せめて、これくらいは

 

「あのね、冬羽...君が本当に嫌だと思うのなら...その、この世界とお別れする道も、正しいんだと思うよ...だからね、きっと」

 

「え?なに?何の話?俺、別に嫌なことねーけど?」

 

「えっ、だって首...絞めたって...」

 

「あっ!俺が自殺未遂したとでも思った?ちーがーうーよー、咲玖たんの早とちりさんっ」

 

「え、ええー...」

 

「首は絞めたけど、死にたいとかじゃなくて...なんつーの?絞めたらどんな感じかなー?みたいな」

 

「...そんなの、苦しいだけでしょう」

 

「おう!予想より苦しかったぜー、ぐぇって声出た!」

 

こういうの、なんて言うのだろう

死にたい訳じゃなかったことには安心した

だけど、それ以上に不安になる

 

その好奇心で、興味本位で、一体どれほどの危険に身を晒しているのか

彼は分かっているのだろうか

 

「ねぇ...もし、手加減を間違って死んでしまったらどうするの?

首を絞めたら苦しいって事くらいやらなくても分かるだろう?

そんなことしてたら...」

 

「でも俺、生きてるじゃん?」

 

「...だから?」

 

「人間、死ぬべき時にしか死ねないもんだって!俺がまだ生きてるって事は、まだ死ぬべき時じゃねーから大丈夫!なっ?」

 

「それは...」

 

そうかもしれないけど

 

彼が何を考えてるのか分からない

命を軽く見ているわけじゃない事は知ってる

いつだって人にも動物にも優しく接しているし

死にそうな人がいたら彼は必ず助けるだろう

 

なのに

 

「どうして、そこに君は入っていないの...」

 

「入ってないって何に?」

 

「!...あれ、俺いま口に出してた?」

 

「おー、バッチリ聞こえた」

 

しまったと思ったけど

丁度いい機会かもしれないとも思った

一度、やっぱり聞いておかないといけない

その理由を...どうしても...

 

「ねぇ、冬羽...君は生きているものが好きなのに どうして自分のことは大切にできないの?

君だって生きてるじゃない...どうして死ぬことを恐れないの?」

 

俺が聞きたいことはこんな事だっただろうか

言葉を間違えてはいないだろうか

途端に不安が襲ってくる

 

「俺、自分のこと大切に出来てねぇかな...死にたがってるように見える?」

 

「え...」

 

「そりゃ、たまに好奇心で色々やってみちゃうけどさー...別に生きる事を投げ出してるとか死にたいとかじゃないんだぜ?いやマジで」

 

「じゃあ、自分を大切にする気持ちより好奇心が勝ってるってことじゃないか...そんなの、危ないよ...だから...」

 

だから...何なのだろう

そんなこと彼だって分かっているはず

やめられるならとっくにやめている

そんな事をさせてしまう何かがあるんだ

それは、俺にもあるもの

似たものを俺だって抱えてる

形も色も違うけれど、抱えてる

 

「咲玖...?」

 

「俺はね、俺の言動で誰かの未来が変わってしまうことが怖い

だから、皆の一歩後ろにいて干渉しすぎないようにしてる

冬羽は、何が怖くてそんな行動を起こしてしまうのか...自覚はあるかい?」

 

もし抱えてるものが似てるのなら

理由だって似てるかもしれない

それが分かったらもう少し

やりようもあるだろう

 

「何が怖くて、かぁ...そーだなー

俺は...肉体的な死は怖くねぇけど、皆に忘れられるのは怖いかな

でも生きたまま心が死ぬのはもっと怖いし

何より明日の朝 起きた時に今日の後悔を思い返すのが怖い...そんな感じ?」

 

「心を殺さないために、明日後悔しないために好奇心を優先してるってこと?」

 

「いぇす!そゆこと!」

 

やっと、わかった気がする

俺達が一時間後の予定を気にしながら

明日の準備に忙しなく動いて今日を生きている中

彼は今を生きてるんだ

今日という日に後悔を残さないように

精一杯、この瞬間を生きてるんだ

 

「なるほど...先のことは後回しで、今を充実させることに手一杯なんだね」

 

「ははっ、ガキっぽいだろ?将来の計画性ゼロ!でも、だからこそ俺は後悔ってやつがほとんどねぇんだぜ

あっても小さいこと、そのうち忘れるくらいのしょーもないこと

それって幸せじゃね?」

 

「そうだね、来るかどうかも分からない未来のことより

今を精一杯生きて後悔を蓄積しない...いいと思うよ

そういう強さが、君にはあったんだね」

 

「やーだー♥照れちゃう

あ、でも首絞めるのはちょっと考え直してみる

咲玖にすっげー心配かけるって分かったし

やっぱり死んだら意味ないもんな!」

 

「あ、いや...そうだけど、うん」

 

今、俺の言動で彼の未来を変えてしまった気がする

良くも悪くも...変えてしまった気がする

またやってしまったのか俺は

気を付けていたのに...せっかく一歩引く事を覚えたのに

 

"お前は本当にお節介な子"

"カウンセラーにでもなったつもり?"

"中途半端な慰めはもう充分よ"

 

ああ、俺が悪かった

本当に...ごめん

 

「ごめんね...」

 

「咲玖!?」

 

 

 

 

 

 

「...あれ、俺なにして......」

 

「咲玖!」

 

「とう、わ?...どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃねぇ!

急に"ごめんね"とか言って倒れるし、呼んでも起きねぇしビックリしたんだからな!」

 

「あ...」

 

「体調悪かったのか?」

 

「いや、大丈夫だよ...冬羽がソファまで運んでくれたの?」

 

「床じゃ体が痛くなっちゃうだろ!本当は医務室まで運びたかったけど、さすがに1人じゃ抱えらんねぇから...さっき、先生に来てもらって一応大丈夫だって言われたけど

本当に、どこも痛くねぇ?大丈夫か?」

 

「...ふふ、大丈夫だよ ありがとう冬羽」

 

「なぁに笑ってんだよっ!笑いごとじゃねぇぞこのやろうっ」

 

「あはっ、ちょっと、わしゃわしゃしないで

髪が乱れるから、ははっ」

 

「......」

 

「冬羽?」

 

「何が"ごめん"だったんだよ

俺、咲玖が心配してくれてるの知って嬉しかったし

考え直す事だって咲玖がいなきゃしなかったもしんねぇ

そしたら、俺はまた懲りずに死ぬような真似して本当に死んだかもしれねぇ

なのに、何を謝ったんだよ...」

 

「...それは」

 

「咲玖は自分の言動で誰かの未来を変えるのが怖いとか言ったけどさ

そんなもんいくらでも変わってくだろ

不可抗力で、無意識に、絶対なにかしら変わるだろ

それの何がいけないんだよ

誰だって他人と関わって、変わりながら生きてんだぜ?

俺だって少なからず咲玖を変えてる

襲も、黒雨も、お互いに...」

 

「冬羽...」

 

「俺は咲玖に未来を変えられたって後悔しねぇからな!どんなに干渉されたって最後に選ぶのは俺だ、俺が決めて進むんだよ

考え直すのも俺の勝手!...だろ?」

 

「うん...うん、そうだね...その通りだ...」

 

誰かに何か言われて変わるほどのこと

何があっても変わらないこと

それは俺の言葉があってもなくても関係ない

良いように転がっても

悪いように転がっても

相手の決断であり選択

 

少なくとも、メンバーには言動を遠慮しなくてもいいのかもしれない

皆それぞれ自分を持ってる

俺の"お節介"くらいでは壊れそうにないもの

それはなんて心強いんだろう

 

やっぱり俺の居場所はここなんだ

"あの頃"には見つけられなかった

初めての居場所...

 

「冬羽、ありがとう...もう大丈夫

撮影に行こう 仕事の時間だ」

 

「...おう!今日もかっこよくポーズ決めるぜー!」

 

 

 

 

 

 

"本当にお節介な子..."

 

ああ、そうだね

それでも決めたのは貴女だ

俺じゃないよ

 

「姉さん...」

伝わる想い...

「シャーロット...シャーロット、おい」

 

「にゃーん...」

 

てしてしと尻尾で床を叩きながら

黒猫のシャーロットが振り向く

 

「お前、俺のピアス持っていっただろ

どこへやった?返せよ」

「ニャー...」

 

バレたか...という目をして

仕方なくピアスを持ち込んだ自分の寝床へ歩いてゆく

 

「ニャー、ニャー」

 

"ここにある"と、寝床の毛布を爪で引っ掻いて教える

 

「ああ、この下か

まったく...ピアスは玩具じゃねぇぞ」

「ニャー...」

 

奪われた片方のピアスを付けると

シャーロットを抱き上げてキッチンへ

 

「今日はなに食う?...つっても、全部キャットフードだけどな」

 

棚に並ぶ沢山のキャットフード

それぞれ一袋が一食分で

味は五種類ほどある

 

「ニャー...ン...ニャ!」

 

顔を寄せてキャットフードを品定めしていたシャーロットが

一つの袋の前で鳴く

 

「ん?ああ、これか...ちょっと待ってろ

いま皿に出してやるから」

 

隣の棚を開き皿を選び取る

シャーロット用の餌皿もこれまた沢山あるのだ

白くて円いシンプルな平皿

銀細工の施された小さな皿

猫の顔の形をした黒い皿もある

 

「ほら、食っていいぞ」

 

餌を皿に出してやり

テーブルの上に置くと

シャーロットは椅子に飛び乗り座る

不思議なものでテーブルには乗らない

 

「ニャーン」

 

"いただきます"の代わりに一鳴きして

チビチビと食べ始めた

 

と、そこに

 

(ガチャガチャッ...ガチャン)

 

「あん?誰だ...」

 

玄関が開き、誰かが入ってきた

 

「うぃーっす襲ぇ♥

つーか、また鍵閉めてなかっただろー

危ねぇなぁもうー

不審者が入ってきちゃうぜっ!」

 

「ああ、お前みたいな奴の事か...冬羽」

「ニャーン」

 

「俺は不審者じゃねぇだろ!」

 

まるで我が家のように

ずけずけと上がり込んだ冬羽は

これまた我が家のように

シャーロットの隣に座った

 

「ニャー...」

「おー、シャーロットちゃん!

元気かー?って、食事中だった?

これは失礼しましたレディ」

 

わざとらしく謝る冬羽に

シャーロットが向けた目は冷ややかで

しかし彼は気にも止めず

襲に話しかけ始めた

 

「あのさ、俺ちょっと話があってー...聞いてくれねぇ?」

「嫌だつっても話すんだろ...」

 

そう言いながらキッチンへ行き

二人分のコーヒーを淹れて戻って来ると

冬羽の前の席に座った

 

「サンキュー♪襲が淹れるコーヒーって美味いんだよなぁ...んー、いい香り」

「そりゃどーも...んで、話ってなんだよ」

 

コーヒーを一口飲むと

冬羽はゆっくり話し始めた

 

「俺ってさ、Vanneに必要あるかな...」

「...はぁ?」

 

それは思いもよらぬ言葉で

ハッキリ言えば愚問で

おおよそ"看板息子"と言われている彼に

似つかわしくない悩みだった

 

「なんだその悩みですらねぇ悩みは...お前Vanneで活動しなきゃどこでやってくんだよ」

「ん...それって俺がVanneに必要ってコト?」

「あー、まぁ、そうだな...つーか」

 

呆れたように肘をつき

襲は真っ直ぐ冬羽の目を見た

 

「Vanneがお前を必要としてるんだよ...」

 

元々、Vanneというグループは

看板息子の冬羽を活躍させるために

冬羽に無い要素を持ったメンバーを集め

結成されたグループ

 

つまり、Vanneは冬羽のためにあり

冬羽はVanneのためにある

 

しかしそんな事を

当人は知らないでいたのだ

 

「Vanneがー...俺を...」

 

なにやら考え込み始めた冬羽に

そもそもの疑問をぶつける

 

「つーかお前、なんでそんな訳わかんねぇ悩みが急に出てきたんだよ...馬鹿じゃねぇのか

いや、お前は馬鹿だったな...忘れてたわ」

「ニャー...」

 

「Vanneが...おれ...って、馬鹿じゃないし!

ん?あ、俺がなんでそう思ったかって?

そりゃあ俺ハイテンション以外に良いトコねぇし...あんまり個性なくね?

だから、いてもいなくても大差ねぇんじゃないかと思って」

 

ハイテンションを良い所としているのは

些かどうかと思うが

まぁ今は置いておこう

 

「やっぱり馬鹿じゃねぇか」

「なんだとぅ?!」

「ニャーッ!」

「痛いっ!ちょっとシャーロットちゃん急に引っ掻かないで!冬羽くん泣いちゃう!」

「ナイスシャーロット」

「ニャーン」

「やだ怖いこのコンビ...」

 

もちろんVanneは襲のためにもあり

咲玖のためにも、黒雨のためにも存在している

だが、存在する原因と言えば冬羽だ

冬羽が生まれなければVanneもなかった

その辺を彼は理解していなかったのだ

 

「お前が急に的外れなネガティブを抱えるのは今に始まった事じゃねぇけどな

その話はあれこれ議論したり助言を貰ったりする必要すらねぇよ

お前がVanneであり、Vanneはお前なんだ

くだらねぇこと言ってねぇで働け」

 

そう、冬羽の長所はいついかなる場合もポジティブであるところ

しかし彼はポジティブなままネガティブなものを抱え込むことがある

それは酷く矛盾していて

だからこそ危うい...

 

「んー、そっかぁ

じゃあ俺はVanneの冬羽でいなきゃだな!

違ったら今から辞めようかと思ってたんだけど、そうじゃねぇならいいや」

 

こういう具合で、実に厄介な性質だ

 

「今からって...またそんな極論持ちやがって

お前ホント馬鹿だな」

 

下手なことを言わずにおいて良かったと

内心ホッとする襲をよそに

当人はあっけらかんとしている

 

「そうかー?」

「そもそも辞めた後どうする気だったんだよ」

「それは...ま、なんとかなるっしょ!

結局、辞めずに済んだしめでたしめでたし」

 

つまり無計画だったということ

そして辞めるという結果にならなかったのだから

無計画だった事に関してはもうどうでもいいということ

だから、めでたしめでたし

 

「テメェ頭のネジどっかに落としてきたんじゃねぇのか」

「ニャー!」

「いっっってぇ!!だからシャーロットちゃん急に引っ掻かくのやめ...」「ニャッ!」

「いたっ!猫パンチもやめてってばー!」

「いいぞ、泣くまでやれシャーロット」

「泣くまで?!」

 

その後、ひとしきりシャーロットに引っ掻かれパンチされ疲弊した冬羽は

半ば逃げるように帰った

 

「ニャフ!」

「満足気だなシャーロット...」

「ニャーン」

「ああ、あれでいい

あの馬鹿にはあれで...」

 

座り込み、目を閉じて深い溜息を吐く

 

「ニャー...」

 

心配そうに寄り添うシャーロットを撫でる

 

「アイツは"ああ"だから、自分の存在の大きさや危うさには気付かねぇんだ

多分、咲玖や黒雨も薄々感じてるだけで冬羽に闇があるって認識はしてねぇだろうな

俺だけが知ってる...よりによって俺だけが気付いた...言葉が過ぎるのに言葉が足りねぇ俺が...」

 

「ニャ...」

 

「ゴチャゴチャ言わねぇで教えてやりゃあ良かった...お前は絶対必要だって、一言...分かりやすく伝えてやれば良かった...けど、俺には...」

「ニャーッ!」

「...っ!」

 

初めて、シャーロットが襲に爪を立てた

 

「なんでここで怒るんだよ...悔やむなって?」

「ニャ!」

「つったって...あんな回りくどい言い方じゃアイツまた訳わかんねぇ悩み持ってくるぞ...もっと根本から解らせてやらねぇと」

「フシャーッ!」

「いってぇなオイ!俺に毎回アイツの闇を払えとでも言うのかよ!」

「ニャーン」

「...マジか、それ俺の役目か?」

「ニャフ!」

「あーそう、そーですか...クソ冬羽くたばれ

厄介な生き方しやがって

...まぁ、俺も大概 人のこと言えねぇか」

「ニャー...ニャー...」

「お前は相変わらず変な猫だな

さっき俺に説教したろ...なんでか知らねぇが解った

いつもお前の言葉は伝わってくる

ニャーしか言わねぇのに...な...」

 

そこまで言って彼は気付いた

何を言っても伝わるものは伝わる

どんな言葉でも、言葉ですらなくとも

そこに"想い"があれば

きっと、伝わるのだと

 

「...そうか、俺でもいいのか

俺にも、アイツを闇から掬い上げることは...」

「ニャーン...」

 

そうして、襲は冬羽の影で光になることを

密かに一人 心の中で決めたのだった

 

これは、Vanneが結成され

半年経った日のお話である。

君を生きるのは...

神を信じながら

神に縋りはせず

生きている子供がいる

 

「神様が僕を見守ってくれることはあっても

僕を生きるのは僕しかいない」

 

そう言って、生きている子供がいる...

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「こまいぬさーん♪おはようさんさん♪」

 

深い紺の着物を着て

黒髪に紅い髪留めをした少年が

神社の狛犬に話しかけている

 

「今日も寒いねぇ、僕良い物持ってきたんだよー...んーとねぇ...」

 

ゴソゴソと着物の袂を探り

"良い物"を取り出す

 

「じゃーん!おみかん!あ、蜜柑ねミカン」

 

彼の手には小ぶりの蜜柑が三つ

そのうち一つを話しかけていた狛犬の前に

もう一つを反対側にいる狛犬の前に置くと

最後の一つを自分で食べ始める

 

「むいてーむいてーもいでーもいでー...ぱくっ!...んんっ、あまぁい♪

今年の蜜柑は美味しいんだよー、こまいぬさん知ってたー?」

 

物言わぬ石造りの狛犬

尚も彼は話しかける

 

「蜜柑は小さいのが甘いんだって!欲張って大きいの選ぶと実は損なんだよ

まるで昔話みたいだよねぇ......あっ!」

 

自分の蜜柑を半分ほど食べたところで

少年はハッとし、食べる手を止めた

 

「えーっと...ちらり...」

 

恐る恐る後ろを振り向く

そこには拝殿があり、奥には神様の依代となる御神体の置かれた本殿が見える

 

「あのね、神様の蜜柑...忘れちゃった」

 

何もいないようにしか見えない奥の本殿へ向かって

狛犬に話しかけていたように話す

 

「今日は神様に会いに来たんじゃなかったの...こまいぬさんと遊びたかっただけだから

でも、ごめんなさい

こまいぬさんと遊ぶなら神様に御挨拶がいるよね...どうしよう」

 

本当に困った顔をして

オロオロと辺りを見回す

 

ふと、手に残っていた半分の蜜柑が目に付いた

 

「んーむ...これは、いや、でも...ちょっと申し訳ないけど...無いよりは...?」

 

半分だけの蜜柑を睨み

なにやら思案すること10分

意を決したように顔を上げた彼は

蜜柑を持って拝殿の前へ立った

 

「これ...食べかけだけど、毒味をしたと思って許してくれると嬉しいなぁーなんて...」

 

おずおずと蜜柑を差し出し

ちら、と奥の本殿を見やろうとした

その時...

 

「そんな食べかけを我に寄越すとは何事かーっ!」

 

神様が怒った...と言うか喋った

と、そんな訳はなく

 

「...咲玖たん、僕はそういうのじゃ驚かないよ」

「あれっ、ダメかぁ...ふふ、今日も神様と仲良くしてる?黒雨」

 

"黒雨"と呼ばれた彼は振り返り

階段の下から見上げている男を呆れ顔で見る

 

「咲玖たんが邪魔したから狛犬も神も引っ込んだって言ったらどうしてくれるのー?」

 

「えー?それが本当だったら申し訳ないなー...あ、これあげるから機嫌直して」

 

そう言って、咲玖が差し出したのは

 

「みかん...」

 

「そうだよ、甘くて美味しい小ぶり蜜柑」

 

「...咲玖たん分かってるぅー!」

 

黒雨は一瞬にして笑顔になり

蜜柑へ駆け寄る

 

「綺麗なやつちょーだーい!」

 

「んー?これとか、これも綺麗だよ...はい」

 

いくつか蜜柑を受け取ると

また拝殿の前へと戻る

 

「神様、これあげるね!」

 

黒雨は賽銭の代わりのように

蜜柑を拝殿の前に置くと

キチンと参拝し、また狛犬の横へ腰掛けた

 

「あれ、僕の蜜柑の半分がない...咲玖たん!食べたでしょ!

君は自分で持ってきた蜜柑があるのになんで僕の蜜柑まで食べるんですかー?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ黒雨...俺は食べてないからね?って言うか、ずっと手に持ってなかった?」

 

「むー......ふむ、確かに僕は自分で半分の蜜柑を持ってた...あれぇ?」

 

「神様が悪戯で食べちゃったのかもね、ふふ」

 

「なに?!ちょっと神様ぁ!ちゃんと蜜柑あげたのに僕の食べることないじゃーん!」

 

突如本殿に向かって怒りだした黒雨に

驚きを隠せない咲玖が駆け寄る

 

「いやいやいやいや黒雨...神様って本当に蜜柑食べたりとか...それ以前にいるの?そこに?嘘でしょ?」

 

「もう!神様が僕の食べたなら僕は神様の食べるからね!それでおあいこだよ!」

 

咲玖の言葉を無視して

さっき拝殿の前に置いた蜜柑から一つ取ると

もぐもぐと食べだした

 

「ねぇ、黒雨くーん?神様って本当にいるの?ねぇ、ねぇってば...」

 

信じる事も、否定しきることも出来ず

咲玖はただ黒雨に問い続けた

 

すると、蜜柑を食べ終えたところで

彼は立ち上がり、狛犬を撫でながら

質問を質問で返す...

 

「...そんな事を知って、君はどうするのさ」

 

「そうだなぁ...もし、今そこに神様がいるなら

今後も皆に平穏無事を与えてくださいってお願いしたいかなぁ」

 

「どうして?」

 

「え、"どうして"って...そりゃあ皆には元気でいて欲しいもの」

 

「そうじゃなくて...」

 

振り返り、咲玖の目を見て問う

 

「平穏無事に生きるも死ぬも

僕らの勝手、行動次第なのに

何故それを神様に頼むの?」

 

参道から風が吹き

本殿の奥の布を揺らす

 

「僕を生きるのは僕であって、神様じゃない

だから僕は神様に僕の未来をお願いしたりしない

じゃあ、君を生きるのは誰?

ねえ...だぁれ?」

 

吹き止まぬ風が木の葉を巻き上げ

咲玖と黒雨の間を遮るように流れてゆく

 

「俺を生きるのは...ああ、生きるのは...俺だ」

 

ふ、と笑い

咲玖が拝殿の前に立つ

 

「...」

 

蜜柑を一つ置き、参拝をする

一礼を終えた頃には

風は静かに止んでいた

 

「何を願ったの?」

 

黒雨が無邪気な笑顔で聞く

 

微笑みながら咲玖が答える

 

「...いや、なにも......なにも願わなかったよ」

 

 

 

 

 

 

神を愛しながら

神を頼りにはせず

生きている子供がいる

 

「神様に何を願っても

僕を生きるのは僕しかいない」

 

そう言って、生きている子供がいる。