ユメウツツ

君ありて、幸福

VanneSTORY 惹かれるもの

「シーン72 カット6 テイク2!」

 

助監督の掛け声と共に

カチンっとボールドが鳴り演技が始まる

 

「...俺の事、本当にもう好きじゃないの?」

 

目の前にいるのは昔の彼女

俺は彼女と再会し、別れたことを後悔して

彼女の気を引こうと必死になる

 

そんな"役"

 

「カット!OKでーす!ちょっと休憩にしましょう!10分後、再開します!」

 

カットがかかるとフッと力が抜ける

中には憑依型と言ってずっと役になりきっている役者さんもいるけれど

俺はON/OFFハッキリしているタイプだ

 

「はぁ、今回は全っ然 役に感情移入できねー...元カノと再会して未練が目覚めるってか?俺には元カノもいないっつーか恋愛感情もねぇっつーの」

 

「なにボヤいてるの冬羽?」

 

「あ、咲玖たぁん♥なぁなぁ俺ちゃんと未練がましい元カレ役できてる?」

 

「うん?大丈夫、ちゃんと表情も声色も役に合ってる

さっき監督もモニター見ながら頷いて満足気だったよ」

 

「よかったー...なんせ経験ねぇもん、何が正解かわっかんねーっての」

 

今回は咲玖も同じドラマに出演している

俺にとっては大変嬉しいキャスティングだ

役は元カノの旦那なんていうかなり相容れない設定だけど

 

「経験...かぁ、そう言えば冬羽は恋愛感情が分からないんだったね」

 

「そうそう、前ちょっと襲に相談してみたんだけどよく分かんなくってさー

咲玖は恋したことある?つーか絶対あるよな、なんか大人だもん」

 

「なーにそれ、ふふ...俺はまだまだ大人とは言えないよ

でも、そうだね、それなりに恋はしてきたかな」

 

「やっぱりー!!ちなみにどんな恋?」

 

「どんな...んー、普通だよ

相手を可愛い人だな素敵な人だなって思って...近付きたいって感情が生まれてね

話しかけるために色々と理由を作ってみたり

分かりやすく優しくしてみたり」

 

「え、まじピュアなんですけどー

なんなの?咲玖たんは俺への好感度を上げてどうする気なの?口説くの?」

 

「どうもしないし口説かないよ(笑)

冬羽が聞いたんじゃない」

 

「いやー、そんな絵に描いたような恋は漫画で間に合ってるから

もっと変わり種の恋ねぇの?」

 

「なに変わり種の恋って...それこそ漫画的だと思うよ

恋なんて本当はそんなものだよ

普通に惹かれて普通にアタックして普通に結ばれたり振られたり...ね」

 

「ちなみにキス出来るってのは恋とは...」

「言えないね、キスしたいって思うのが恋かな」

 

襲と同じ事を言われた

なんとなく分かってたけど

というか、普通に惹かれて...のところから躓く俺は一体なんなんだろう

 

「冬羽ー?もうすぐ撮影再開だよ?」

 

「えっ、あ、おう!」

 

スタッフから貰った紙コップのコーヒーを飲み干して

立ち位置に戻る

 

「冬羽!」

 

「?なーにー」

 

「別に女の子じゃなくていいよ、君が惹かれるものを想像してごらん!それを人に盗られたと思って演じてみて!」

 

「俺が惹かれるもの...? 」

 

 

 

 

 

「シーン75 カット2!」

 

カチンっとボールドが鳴り演技が始まる

 

(俺が、惹かれるもの...それが他人に...)

 

「ああ、無理だ...諦めるなんて...

そんなこと俺には出来ねぇ!

絶対にお前を取り戻してみせる!

何があっても、絶対に...絶対にだ!」

 

「...」

 

「あ、カ カット!OKです!!」

 

掛け声の後に周りがざわつくのが分かった

 

「あのー...今のなんかおかしかったっすかね?」

 

恐る恐る監督に聞いてみる

 

「逆だよ逆!冬羽くん今のいいよー!

もちろん今までのも良かったけどね、やっぱり演技感が残ってたんだよね

今のは全然、感情の乗り方が違ったよ!

次もその感じで頼むよー?」

 

思わぬ言葉に咲玖の方を見ると

OKサインを出してニッコリ笑ってくれた

 

「...はい!がんばりまっす!」

 

俺は気合いを入れ直し

咲玖のアドバイスを意識しながらその後の演技を無事に終えた

 

 

 

 

 

「カット!OK!これにて冬羽さんオールアップでーす!」

 

「ありがとうございましたー!」

 

パチパチと周りが拍手を送ってくれる中

咲玖が花束を渡してくれた

 

「冬羽、お疲れ様 最高の演技だったよ」

 

「へへっ、咲玖たんのおかげ!本当にありがとな!」

 

「どういたしまして

ところで、一体なにを思い浮かべたの?冬羽が惹かれるもの...」

 

「ん?知りたい?それはー...」

 

 

 

 

 

それは..."Vanne"

俺が惹かれて仕方のないもの

人も、事務所という場所も、皆との時間も

どれも他人に奪われたくない

どうしても惹かれてしまうもの

きっとこれからも諦められないもの

 

愛しい...俺のすべて

干渉

なかなかにぶっちゃけた話をすると

俺は彼が苦手だった

 

素の彼はいつも笑顔

別にその笑顔が嘘っぽいなんて事はないし

むしろ周りまで明るい気持ちにさせる

素敵な笑顔だった

 

けれど、俺はその笑顔の真裏のところに潜む

"何か"が怖くて、不安で、心配だ

 

間借りなりにもリーダーを務める身として

彼のもつ不安定なところを危惧していた

 

「やっほー!咲玖!今日の撮影もよろしくなっ?」

 

「おはよう、冬羽 よろしくね」

 

ポンっと俺の肩を叩き

軽い挨拶を交わすと

彼は荷物を床に置いて椅子に座った

 

ふと、服の襟から覗く首筋に

なにか嫌な跡が見えた

それは まるで...

 

「?なぁんだよ咲玖たーん ジッと見つめちゃって!いやんっ」

 

「ああ、いや、その...冬羽...首の、それ...」

 

「え?あー!これな、ちょっと昨日"絞めてみた"んだけどー...やっぱ跡残ってるかぁ

まっ、今日の衣装なら大丈夫っしょ!」

 

そうじゃない...そういう事じゃない

「絞めてみた」なんて言い方があってたまるか

何を思ってそんな事をしたんだ

何か悩みがあるなら言って欲しい

俺に出来ることがあるなら...

 

「咲玖たーん?...固まって、どした?」

 

「...何でもないよ」

 

言いたいことは山ほどある

こんなこと、放っておいちゃいけない

彼に確かめないと...

そう思っても、俺は言えない

 

俺の言葉で彼を壊してはならない

中途半端に救ってもいけない

首を絞める理由なんて大概決まってる

"死にたい"か"そういう趣味"かだ

 

どちらにしても俺の手には負えない

本当に死にたいなら俺は口出しするべきではないと思うし

そういう趣味だとしても同じこと

薄情だろうか、それならそれでいい

 

でも俺は、生きるより辛いことなんてないと本人が思うのならば

自ら終わらせてしまうことも悪ではないと思うから

四六時中面倒を見てやれる訳でもないのに

下手に手を出して彼を苦しめる方が

ずっと悪だと思うから...

 

「なぁ、咲玖ー?さっきからやっぱオカシイぜ?なに考え込んでんの?」

 

この想いくらいは言ってもいいだろうか

彼の人生に関係しないだろうか

せめて、これくらいは

 

「あのね、冬羽...君が本当に嫌だと思うのなら...その、この世界とお別れする道も、正しいんだと思うよ...だからね、きっと」

 

「え?なに?何の話?俺、別に嫌なことねーけど?」

 

「えっ、だって首...絞めたって...」

 

「あっ!俺が自殺未遂したとでも思った?ちーがーうーよー、咲玖たんの早とちりさんっ」

 

「え、ええー...」

 

「首は絞めたけど、死にたいとかじゃなくて...なんつーの?絞めたらどんな感じかなー?みたいな」

 

「...そんなの、苦しいだけでしょう」

 

「おう!予想より苦しかったぜー、ぐぇって声出た!」

 

こういうの、なんて言うのだろう

死にたい訳じゃなかったことには安心した

だけど、それ以上に不安になる

 

その好奇心で、興味本位で、一体どれほどの危険に身を晒しているのか

彼は分かっているのだろうか

 

「ねぇ...もし、手加減を間違って死んでしまったらどうするの?

首を絞めたら苦しいって事くらいやらなくても分かるだろう?

そんなことしてたら...」

 

「でも俺、生きてるじゃん?」

 

「...だから?」

 

「人間、死ぬべき時にしか死ねないもんだって!俺がまだ生きてるって事は、まだ死ぬべき時じゃねーから大丈夫!なっ?」

 

「それは...」

 

そうかもしれないけど

 

彼が何を考えてるのか分からない

命を軽く見ているわけじゃない事は知ってる

いつだって人にも動物にも優しく接しているし

死にそうな人がいたら彼は必ず助けるだろう

 

なのに

 

「どうして、そこに君は入っていないの...」

 

「入ってないって何に?」

 

「!...あれ、俺いま口に出してた?」

 

「おー、バッチリ聞こえた」

 

しまったと思ったけど

丁度いい機会かもしれないとも思った

一度、やっぱり聞いておかないといけない

その理由を...どうしても...

 

「ねぇ、冬羽...君は生きているものが好きなのに どうして自分のことは大切にできないの?

君だって生きてるじゃない...どうして死ぬことを恐れないの?」

 

俺が聞きたいことはこんな事だっただろうか

言葉を間違えてはいないだろうか

途端に不安が襲ってくる

 

「俺、自分のこと大切に出来てねぇかな...死にたがってるように見える?」

 

「え...」

 

「そりゃ、たまに好奇心で色々やってみちゃうけどさー...別に生きる事を投げ出してるとか死にたいとかじゃないんだぜ?いやマジで」

 

「じゃあ、自分を大切にする気持ちより好奇心が勝ってるってことじゃないか...そんなの、危ないよ...だから...」

 

だから...何なのだろう

そんなこと彼だって分かっているはず

やめられるならとっくにやめている

そんな事をさせてしまう何かがあるんだ

それは、俺にもあるもの

似たものを俺だって抱えてる

形も色も違うけれど、抱えてる

 

「咲玖...?」

 

「俺はね、俺の言動で誰かの未来が変わってしまうことが怖い

だから、皆の一歩後ろにいて干渉しすぎないようにしてる

冬羽は、何が怖くてそんな行動を起こしてしまうのか...自覚はあるかい?」

 

もし抱えてるものが似てるのなら

理由だって似てるかもしれない

それが分かったらもう少し

やりようもあるだろう

 

「何が怖くて、かぁ...そーだなー

俺は...肉体的な死は怖くねぇけど、皆に忘れられるのは怖いかな

でも生きたまま心が死ぬのはもっと怖いし

何より明日の朝 起きた時に今日の後悔を思い返すのが怖い...そんな感じ?」

 

「心を殺さないために、明日後悔しないために好奇心を優先してるってこと?」

 

「いぇす!そゆこと!」

 

やっと、わかった気がする

俺達が一時間後の予定を気にしながら

明日の準備に忙しなく動いて今日を生きている中

彼は今を生きてるんだ

今日という日に後悔を残さないように

精一杯、この瞬間を生きてるんだ

 

「なるほど...先のことは後回しで、今を充実させることに手一杯なんだね」

 

「ははっ、ガキっぽいだろ?将来の計画性ゼロ!でも、だからこそ俺は後悔ってやつがほとんどねぇんだぜ

あっても小さいこと、そのうち忘れるくらいのしょーもないこと

それって幸せじゃね?」

 

「そうだね、来るかどうかも分からない未来のことより

今を精一杯生きて後悔を蓄積しない...いいと思うよ

そういう強さが、君にはあったんだね」

 

「やーだー♥照れちゃう

あ、でも首絞めるのはちょっと考え直してみる

咲玖にすっげー心配かけるって分かったし

やっぱり死んだら意味ないもんな!」

 

「あ、いや...そうだけど、うん」

 

今、俺の言動で彼の未来を変えてしまった気がする

良くも悪くも...変えてしまった気がする

またやってしまったのか俺は

気を付けていたのに...せっかく一歩引く事を覚えたのに

 

"お前は本当にお節介な子"

"カウンセラーにでもなったつもり?"

"中途半端な慰めはもう充分よ"

 

ああ、俺が悪かった

本当に...ごめん

 

「ごめんね...」

 

「咲玖!?」

 

 

 

 

 

 

「...あれ、俺なにして......」

 

「咲玖!」

 

「とう、わ?...どうしたの?」

 

「どうしたの?じゃねぇ!

急に"ごめんね"とか言って倒れるし、呼んでも起きねぇしビックリしたんだからな!」

 

「あ...」

 

「体調悪かったのか?」

 

「いや、大丈夫だよ...冬羽がソファまで運んでくれたの?」

 

「床じゃ体が痛くなっちゃうだろ!本当は医務室まで運びたかったけど、さすがに1人じゃ抱えらんねぇから...さっき、先生に来てもらって一応大丈夫だって言われたけど

本当に、どこも痛くねぇ?大丈夫か?」

 

「...ふふ、大丈夫だよ ありがとう冬羽」

 

「なぁに笑ってんだよっ!笑いごとじゃねぇぞこのやろうっ」

 

「あはっ、ちょっと、わしゃわしゃしないで

髪が乱れるから、ははっ」

 

「......」

 

「冬羽?」

 

「何が"ごめん"だったんだよ

俺、咲玖が心配してくれてるの知って嬉しかったし

考え直す事だって咲玖がいなきゃしなかったもしんねぇ

そしたら、俺はまた懲りずに死ぬような真似して本当に死んだかもしれねぇ

なのに、何を謝ったんだよ...」

 

「...それは」

 

「咲玖は自分の言動で誰かの未来を変えるのが怖いとか言ったけどさ

そんなもんいくらでも変わってくだろ

不可抗力で、無意識に、絶対なにかしら変わるだろ

それの何がいけないんだよ

誰だって他人と関わって、変わりながら生きてんだぜ?

俺だって少なからず咲玖を変えてる

襲も、黒雨も、お互いに...」

 

「冬羽...」

 

「俺は咲玖に未来を変えられたって後悔しねぇからな!どんなに干渉されたって最後に選ぶのは俺だ、俺が決めて進むんだよ

考え直すのも俺の勝手!...だろ?」

 

「うん...うん、そうだね...その通りだ...」

 

誰かに何か言われて変わるほどのこと

何があっても変わらないこと

それは俺の言葉があってもなくても関係ない

良いように転がっても

悪いように転がっても

相手の決断であり選択

 

少なくとも、メンバーには言動を遠慮しなくてもいいのかもしれない

皆それぞれ自分を持ってる

俺の"お節介"くらいでは壊れそうにないもの

それはなんて心強いんだろう

 

やっぱり俺の居場所はここなんだ

"あの頃"には見つけられなかった

初めての居場所...

 

「冬羽、ありがとう...もう大丈夫

撮影に行こう 仕事の時間だ」

 

「...おう!今日もかっこよくポーズ決めるぜー!」

 

 

 

 

 

 

"本当にお節介な子..."

 

ああ、そうだね

それでも決めたのは貴女だ

俺じゃないよ

 

「姉さん...」

伝わる想い...

「シャーロット...シャーロット、おい」

 

「にゃーん...」

 

てしてしと尻尾で床を叩きながら

黒猫のシャーロットが振り向く

 

「お前、俺のピアス持っていっただろ

どこへやった?返せよ」

「ニャー...」

 

バレたか...という目をして

仕方なくピアスを持ち込んだ自分の寝床へ歩いてゆく

 

「ニャー、ニャー」

 

"ここにある"と、寝床の毛布を爪で引っ掻いて教える

 

「ああ、この下か

まったく...ピアスは玩具じゃねぇぞ」

「ニャー...」

 

奪われた片方のピアスを付けると

シャーロットを抱き上げてキッチンへ

 

「今日はなに食う?...つっても、全部キャットフードだけどな」

 

棚に並ぶ沢山のキャットフード

それぞれ一袋が一食分で

味は五種類ほどある

 

「ニャー...ン...ニャ!」

 

顔を寄せてキャットフードを品定めしていたシャーロットが

一つの袋の前で鳴く

 

「ん?ああ、これか...ちょっと待ってろ

いま皿に出してやるから」

 

隣の棚を開き皿を選び取る

シャーロット用の餌皿もこれまた沢山あるのだ

白くて円いシンプルな平皿

銀細工の施された小さな皿

猫の顔の形をした黒い皿もある

 

「ほら、食っていいぞ」

 

餌を皿に出してやり

テーブルの上に置くと

シャーロットは椅子に飛び乗り座る

不思議なものでテーブルには乗らない

 

「ニャーン」

 

"いただきます"の代わりに一鳴きして

チビチビと食べ始めた

 

と、そこに

 

(ガチャガチャッ...ガチャン)

 

「あん?誰だ...」

 

玄関が開き、誰かが入ってきた

 

「うぃーっす襲ぇ♥

つーか、また鍵閉めてなかっただろー

危ねぇなぁもうー

不審者が入ってきちゃうぜっ!」

 

「ああ、お前みたいな奴の事か...冬羽」

「ニャーン」

 

「俺は不審者じゃねぇだろ!」

 

まるで我が家のように

ずけずけと上がり込んだ冬羽は

これまた我が家のように

シャーロットの隣に座った

 

「ニャー...」

「おー、シャーロットちゃん!

元気かー?って、食事中だった?

これは失礼しましたレディ」

 

わざとらしく謝る冬羽に

シャーロットが向けた目は冷ややかで

しかし彼は気にも止めず

襲に話しかけ始めた

 

「あのさ、俺ちょっと話があってー...聞いてくれねぇ?」

「嫌だつっても話すんだろ...」

 

そう言いながらキッチンへ行き

二人分のコーヒーを淹れて戻って来ると

冬羽の前の席に座った

 

「サンキュー♪襲が淹れるコーヒーって美味いんだよなぁ...んー、いい香り」

「そりゃどーも...んで、話ってなんだよ」

 

コーヒーを一口飲むと

冬羽はゆっくり話し始めた

 

「俺ってさ、Vanneに必要あるかな...」

「...はぁ?」

 

それは思いもよらぬ言葉で

ハッキリ言えば愚問で

おおよそ"看板息子"と言われている彼に

似つかわしくない悩みだった

 

「なんだその悩みですらねぇ悩みは...お前Vanneで活動しなきゃどこでやってくんだよ」

「ん...それって俺がVanneに必要ってコト?」

「あー、まぁ、そうだな...つーか」

 

呆れたように肘をつき

襲は真っ直ぐ冬羽の目を見た

 

「Vanneがお前を必要としてるんだよ...」

 

元々、Vanneというグループは

看板息子の冬羽を活躍させるために

冬羽に無い要素を持ったメンバーを集め

結成されたグループ

 

つまり、Vanneは冬羽のためにあり

冬羽はVanneのためにある

 

しかしそんな事を

当人は知らないでいたのだ

 

「Vanneがー...俺を...」

 

なにやら考え込み始めた冬羽に

そもそもの疑問をぶつける

 

「つーかお前、なんでそんな訳わかんねぇ悩みが急に出てきたんだよ...馬鹿じゃねぇのか

いや、お前は馬鹿だったな...忘れてたわ」

「ニャー...」

 

「Vanneが...おれ...って、馬鹿じゃないし!

ん?あ、俺がなんでそう思ったかって?

そりゃあ俺ハイテンション以外に良いトコねぇし...あんまり個性なくね?

だから、いてもいなくても大差ねぇんじゃないかと思って」

 

ハイテンションを良い所としているのは

些かどうかと思うが

まぁ今は置いておこう

 

「やっぱり馬鹿じゃねぇか」

「なんだとぅ?!」

「ニャーッ!」

「痛いっ!ちょっとシャーロットちゃん急に引っ掻かないで!冬羽くん泣いちゃう!」

「ナイスシャーロット」

「ニャーン」

「やだ怖いこのコンビ...」

 

もちろんVanneは襲のためにもあり

咲玖のためにも、黒雨のためにも存在している

だが、存在する原因と言えば冬羽だ

冬羽が生まれなければVanneもなかった

その辺を彼は理解していなかったのだ

 

「お前が急に的外れなネガティブを抱えるのは今に始まった事じゃねぇけどな

その話はあれこれ議論したり助言を貰ったりする必要すらねぇよ

お前がVanneであり、Vanneはお前なんだ

くだらねぇこと言ってねぇで働け」

 

そう、冬羽の長所はいついかなる場合もポジティブであるところ

しかし彼はポジティブなままネガティブなものを抱え込むことがある

それは酷く矛盾していて

だからこそ危うい...

 

「んー、そっかぁ

じゃあ俺はVanneの冬羽でいなきゃだな!

違ったら今から辞めようかと思ってたんだけど、そうじゃねぇならいいや」

 

こういう具合で、実に厄介な性質だ

 

「今からって...またそんな極論持ちやがって

お前ホント馬鹿だな」

 

下手なことを言わずにおいて良かったと

内心ホッとする襲をよそに

当人はあっけらかんとしている

 

「そうかー?」

「そもそも辞めた後どうする気だったんだよ」

「それは...ま、なんとかなるっしょ!

結局、辞めずに済んだしめでたしめでたし」

 

つまり無計画だったということ

そして辞めるという結果にならなかったのだから

無計画だった事に関してはもうどうでもいいということ

だから、めでたしめでたし

 

「テメェ頭のネジどっかに落としてきたんじゃねぇのか」

「ニャー!」

「いっっってぇ!!だからシャーロットちゃん急に引っ掻かくのやめ...」「ニャッ!」

「いたっ!猫パンチもやめてってばー!」

「いいぞ、泣くまでやれシャーロット」

「泣くまで?!」

 

その後、ひとしきりシャーロットに引っ掻かれパンチされ疲弊した冬羽は

半ば逃げるように帰った

 

「ニャフ!」

「満足気だなシャーロット...」

「ニャーン」

「ああ、あれでいい

あの馬鹿にはあれで...」

 

座り込み、目を閉じて深い溜息を吐く

 

「ニャー...」

 

心配そうに寄り添うシャーロットを撫でる

 

「アイツは"ああ"だから、自分の存在の大きさや危うさには気付かねぇんだ

多分、咲玖や黒雨も薄々感じてるだけで冬羽に闇があるって認識はしてねぇだろうな

俺だけが知ってる...よりによって俺だけが気付いた...言葉が過ぎるのに言葉が足りねぇ俺が...」

 

「ニャ...」

 

「ゴチャゴチャ言わねぇで教えてやりゃあ良かった...お前は絶対必要だって、一言...分かりやすく伝えてやれば良かった...けど、俺には...」

「ニャーッ!」

「...っ!」

 

初めて、シャーロットが襲に爪を立てた

 

「なんでここで怒るんだよ...悔やむなって?」

「ニャ!」

「つったって...あんな回りくどい言い方じゃアイツまた訳わかんねぇ悩み持ってくるぞ...もっと根本から解らせてやらねぇと」

「フシャーッ!」

「いってぇなオイ!俺に毎回アイツの闇を払えとでも言うのかよ!」

「ニャーン」

「...マジか、それ俺の役目か?」

「ニャフ!」

「あーそう、そーですか...クソ冬羽くたばれ

厄介な生き方しやがって

...まぁ、俺も大概 人のこと言えねぇか」

「ニャー...ニャー...」

「お前は相変わらず変な猫だな

さっき俺に説教したろ...なんでか知らねぇが解った

いつもお前の言葉は伝わってくる

ニャーしか言わねぇのに...な...」

 

そこまで言って彼は気付いた

何を言っても伝わるものは伝わる

どんな言葉でも、言葉ですらなくとも

そこに"想い"があれば

きっと、伝わるのだと

 

「...そうか、俺でもいいのか

俺にも、アイツを闇から掬い上げることは...」

「ニャーン...」

 

そうして、襲は冬羽の影で光になることを

密かに一人 心の中で決めたのだった

 

これは、Vanneが結成され

半年経った日のお話である。

君を生きるのは...

神を信じながら

神に縋りはせず

生きている子供がいる

 

「神様が僕を見守ってくれることはあっても

僕を生きるのは僕しかいない」

 

そう言って、生きている子供がいる...

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「こまいぬさーん♪おはようさんさん♪」

 

深い紺の着物を着て

黒髪に紅い髪留めをした少年が

神社の狛犬に話しかけている

 

「今日も寒いねぇ、僕良い物持ってきたんだよー...んーとねぇ...」

 

ゴソゴソと着物の袂を探り

"良い物"を取り出す

 

「じゃーん!おみかん!あ、蜜柑ねミカン」

 

彼の手には小ぶりの蜜柑が三つ

そのうち一つを話しかけていた狛犬の前に

もう一つを反対側にいる狛犬の前に置くと

最後の一つを自分で食べ始める

 

「むいてーむいてーもいでーもいでー...ぱくっ!...んんっ、あまぁい♪

今年の蜜柑は美味しいんだよー、こまいぬさん知ってたー?」

 

物言わぬ石造りの狛犬

尚も彼は話しかける

 

「蜜柑は小さいのが甘いんだって!欲張って大きいの選ぶと実は損なんだよ

まるで昔話みたいだよねぇ......あっ!」

 

自分の蜜柑を半分ほど食べたところで

少年はハッとし、食べる手を止めた

 

「えーっと...ちらり...」

 

恐る恐る後ろを振り向く

そこには拝殿があり、奥には神様の依代となる御神体の置かれた本殿が見える

 

「あのね、神様の蜜柑...忘れちゃった」

 

何もいないようにしか見えない奥の本殿へ向かって

狛犬に話しかけていたように話す

 

「今日は神様に会いに来たんじゃなかったの...こまいぬさんと遊びたかっただけだから

でも、ごめんなさい

こまいぬさんと遊ぶなら神様に御挨拶がいるよね...どうしよう」

 

本当に困った顔をして

オロオロと辺りを見回す

 

ふと、手に残っていた半分の蜜柑が目に付いた

 

「んーむ...これは、いや、でも...ちょっと申し訳ないけど...無いよりは...?」

 

半分だけの蜜柑を睨み

なにやら思案すること10分

意を決したように顔を上げた彼は

蜜柑を持って拝殿の前へ立った

 

「これ...食べかけだけど、毒味をしたと思って許してくれると嬉しいなぁーなんて...」

 

おずおずと蜜柑を差し出し

ちら、と奥の本殿を見やろうとした

その時...

 

「そんな食べかけを我に寄越すとは何事かーっ!」

 

神様が怒った...と言うか喋った

と、そんな訳はなく

 

「...咲玖たん、僕はそういうのじゃ驚かないよ」

「あれっ、ダメかぁ...ふふ、今日も神様と仲良くしてる?黒雨」

 

"黒雨"と呼ばれた彼は振り返り

階段の下から見上げている男を呆れ顔で見る

 

「咲玖たんが邪魔したから狛犬も神も引っ込んだって言ったらどうしてくれるのー?」

 

「えー?それが本当だったら申し訳ないなー...あ、これあげるから機嫌直して」

 

そう言って、咲玖が差し出したのは

 

「みかん...」

 

「そうだよ、甘くて美味しい小ぶり蜜柑」

 

「...咲玖たん分かってるぅー!」

 

黒雨は一瞬にして笑顔になり

蜜柑へ駆け寄る

 

「綺麗なやつちょーだーい!」

 

「んー?これとか、これも綺麗だよ...はい」

 

いくつか蜜柑を受け取ると

また拝殿の前へと戻る

 

「神様、これあげるね!」

 

黒雨は賽銭の代わりのように

蜜柑を拝殿の前に置くと

キチンと参拝し、また狛犬の横へ腰掛けた

 

「あれ、僕の蜜柑の半分がない...咲玖たん!食べたでしょ!

君は自分で持ってきた蜜柑があるのになんで僕の蜜柑まで食べるんですかー?」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ黒雨...俺は食べてないからね?って言うか、ずっと手に持ってなかった?」

 

「むー......ふむ、確かに僕は自分で半分の蜜柑を持ってた...あれぇ?」

 

「神様が悪戯で食べちゃったのかもね、ふふ」

 

「なに?!ちょっと神様ぁ!ちゃんと蜜柑あげたのに僕の食べることないじゃーん!」

 

突如本殿に向かって怒りだした黒雨に

驚きを隠せない咲玖が駆け寄る

 

「いやいやいやいや黒雨...神様って本当に蜜柑食べたりとか...それ以前にいるの?そこに?嘘でしょ?」

 

「もう!神様が僕の食べたなら僕は神様の食べるからね!それでおあいこだよ!」

 

咲玖の言葉を無視して

さっき拝殿の前に置いた蜜柑から一つ取ると

もぐもぐと食べだした

 

「ねぇ、黒雨くーん?神様って本当にいるの?ねぇ、ねぇってば...」

 

信じる事も、否定しきることも出来ず

咲玖はただ黒雨に問い続けた

 

すると、蜜柑を食べ終えたところで

彼は立ち上がり、狛犬を撫でながら

質問を質問で返す...

 

「...そんな事を知って、君はどうするのさ」

 

「そうだなぁ...もし、今そこに神様がいるなら

今後も皆に平穏無事を与えてくださいってお願いしたいかなぁ」

 

「どうして?」

 

「え、"どうして"って...そりゃあ皆には元気でいて欲しいもの」

 

「そうじゃなくて...」

 

振り返り、咲玖の目を見て問う

 

「平穏無事に生きるも死ぬも

僕らの勝手、行動次第なのに

何故それを神様に頼むの?」

 

参道から風が吹き

本殿の奥の布を揺らす

 

「僕を生きるのは僕であって、神様じゃない

だから僕は神様に僕の未来をお願いしたりしない

じゃあ、君を生きるのは誰?

ねえ...だぁれ?」

 

吹き止まぬ風が木の葉を巻き上げ

咲玖と黒雨の間を遮るように流れてゆく

 

「俺を生きるのは...ああ、生きるのは...俺だ」

 

ふ、と笑い

咲玖が拝殿の前に立つ

 

「...」

 

蜜柑を一つ置き、参拝をする

一礼を終えた頃には

風は静かに止んでいた

 

「何を願ったの?」

 

黒雨が無邪気な笑顔で聞く

 

微笑みながら咲玖が答える

 

「...いや、なにも......なにも願わなかったよ」

 

 

 

 

 

 

神を愛しながら

神を頼りにはせず

生きている子供がいる

 

「神様に何を願っても

僕を生きるのは僕しかいない」

 

そう言って、生きている子供がいる。

冬羽生誕祭

「いえーい!みんなテンションはどうー?

今日はこの俺、冬羽さんの誕生日だぜっ!」

 

自ら本日の主役のタスキをかけて

いつもより更にハイテンションで楽屋に入ってきたのは

01月06日が誕生日の冬羽

 

「うるせぇ」

「はいはい、おめでとうおめでとう」

 

「襲ぇ、黒たーん...人の誕生日くらい快く祝おう?俺が生まれた事を喜ぼう?」

 

「俺は喜んでるよ冬羽

張り切ってケーキ作っちゃった

良かったら食べて」

 

「さああああくうううう!!!

愛してる...もう俺を彼女にしてくれ

いや、嫁に来てくれ」

 

「それはお断りするけどね」

 

「僕にもケーキー」

「咲玖、そのチョコプレートくれよ」

 

「ちょっとちょっとお二人さん!主役への祝いの言葉もなしにケーキだけは食おうなんて、どうかと思う!とりあえず俺を祝って!生まれてきたことへの感謝を!」

 

「僕さっきおめでとうって言った」

「棒読みでな!」

「俺も言った...頭の中で」

「せめて心の中で言って...なんで頭の中...」

 

襲と黒雨のローテンションに

冬羽の気分まで下がる中

咲玖だけはのほほんとしていた

 

「ふふ、今日も平和でなによりだ」

「え、うそ、俺ただただ悲しいんだけど...」

「うん?...そっか、じゃあ楽しくなってもらおうかな?」

「たのし...」

 

咲玖の言葉を合図に

黒雨が立ち上がる

 

「イッツ...ショーターイム!

ピタトワ装置~発☆進!!」

 

「え、なに黒たん...急にっ???!?!」

 

隠し持っていたボタンを押すと...

 

「あーっっっ!!!!床抜けたああああ?!?!?!?!」

 

冬羽が立っていた部分の床が突如落ちた

 

下には何故か滑り台があり

なす術なく滑ってゆく

 

「ぎゃああああああ!なにこれぇ?!?!」

 

混乱しながらもキラキラと光る電飾が目に入り

よく見ると壁に花や文字が散りばめられていた

 

「H...APP...Y BIRTH...DAY...ハッピーバースデー!?」

 

長い滑り台が終わり地下のスタジオに着いた

 

「あー、ビックリし...たっ?!?!」

 

安堵もつかの間、背後から巨大なステーキが迫ってきた

 

「えっ?えっっ??なにあれステーキのオブジェ?!でかい!!むり!!!」

 

「冬羽たんお肉好きでしょー!」

 

どこからか拡声器を通して黒雨の声が聞こえた

 

「好きだけどこういう事じゃないー!!!」

 

迫りくるステーキ(作り物)から逃げながら叫ぶ

するとスタジオの奥に障子の貼られた枠があった

明らかに罠だが後ろからステーキが来ていて飛び込む他ない

 

「これ芸人さんがやるやつー!!!!」

 

先に何があるかわからないが

意を決して飛び込んだ

 

「うおおお!!!」

 

障子を破り床に伏せる

頭上をステーキが通り過ぎたのが分かった

見事、逃げ切った...が

 

「あっっっま!!!なにこれ甘い!ベタベタす...って、生クリームうううう!!!」

 

障子の向こうにあったのは大量の生クリーム

顔面からスライディングしたため

白粉を塗ったように真っ白である

 

「「「ハッピーバースデートゥーユー

ハッピーバースデートゥーユー

ハッピーバースデーディア冬羽~♪

ハッピーバースデートゥーユー!」」」

 

バースデーソングを歌いながら

メンバーがどこからともなく出て来た

その手には...

 

「あ、ちょ...それ、待っ...」

 

「「「おめでとー!!!」」」

 

バーン!という爆発音と共に

身の丈ほどもあるクラッカーから

色とりどりのテープや花吹雪

そして、何故か小麦粉が降ってきた

 

「ゲホッ...ぺっ!ぺっ!なん、なんで粉...」

 

「どう冬羽、楽しくなったでしょ?」

 

咲玖が笑いながら問いかける

 

楽しいよりもまず、他に祝い方があっただろうとか

最後の小麦粉の必要性とか

こんな大掛かりな装置いつ作ったんだとか

色々、本当に色々思うところはあったけれど...

 

「ああ、そりゃあもう楽しかったですとも...本当に...卒倒しそうなくらい...

お前ら最高だよ!バーカ!!」

 

満足げな咲玖と黒雨、珍しく無邪気に笑っている襲

甘い生クリームと色の海

そんな素敵なものに囲まれている自分

これを楽しいと言わなければ

何が楽しいのか分からないほど...

 

「...ただ、やっぱり他に祝い方あったよな?」

「「「ない」」」

「うーそーだーよおおおおお!!!」

 

こうして

ピタトワ装置は大成功に終わった

 

 

 

 

 

「あれピタ○ラ装置って言えなくない?まぁ、いいけど...」

「細かいこと気にするとハゲるよ~

あ、これ誕生日プレゼントね!」

「なぁに黒たん、あれ(装置)以上のプレゼントがある...の...」

「冬羽たんに迫って行った巨大ステーキ差し上げまーす」

「い ら な い !!!!!」

VanneSTORY 新たな年の始まりに…

01月01日

長いようで短かった1年が終わり

新しい1年がひょっこり顔を出す

そんな元旦を楽しむVanneメンバーを

ちょっと覗き見...

 

AM5:00

まだ夜も明けきらない早朝に

着替えも済ませて準備万端なのは...

 

「さて、いざゆかんイカ焼きの旅ー」

 

Vanneのリーダー咲玖

イカ焼きに目がない彼は

毎年、元旦から神社を巡り

出店のイカ焼きを食べまくる

 

この日ばかりは黒雨が来ても冬羽が来ても相手をしない

イカ焼きは待ってくれないのだ

 

「最初は...やっぱり近場からだよな、今年もシラヤマ神社から始めますかー」

 

家から徒歩15分の神社へ向かうと

やはり人混み激しく

なかなか出店に辿り着けなかった

 

「んー、まぁここは仕方ないよね...元旦の朝だし」

 

数十分後、ようやくイカ焼きの出店に着くと

さっそく1本買って人混みから外れる

半身や足だけのイカ焼きもあるが

彼としてはやはり丸ごとでなければ邪道だ

 

「いただきます!」

 

大口でかぶりつくと

タレの甘辛さと炭火で焼いた香ばしさが口いっぱいに広がる

 

「んー!しあわせ♪」

 

普段、大人っぽく物静かな彼も

イカ焼きの前では子供のような笑顔で

声もワントーン上がる

あまりメンバーには見せたくない姿だ

 

「はぁ、美味しかった!次行きますか!」

 

持参したビニール袋に串と包み紙を入れてカバンにしまうと

次なるイカ焼きを求めて別の神社へと向かった

 

AM9:00

すっかり朝日が昇り

部屋に光が差し込み出した頃

目を覚ましたのは...

 

「ふぁー...さむっ!ひー、寒い...暖房暖房」

 

寒さに勝てず毛布を引きずりながらストーブを目指す

スイッチを入れると程なくして暖かい風が吹いてくる

 

「はー...極楽ぅ」

 

毛布にくるまりながらストーブで暖を取る彼は

事務所の看板役者でVanneのメンバー、冬羽

 

「今日は元旦かぁ...」

 

クリスマスに年越しをする彼にとって

元旦はあまり大事ではない

とはいえここは日本

嫌でも街の喧騒に惹かれる

特に彼のような祭り好きには

 

「初詣ってよく分かんねぇけど...行ってみよっかなー?ニレイニハクシュイチレイとかいう呪文唱えるんだっけ」

 

二礼二拍手一礼は呪文じゃなくて参拝方法だとツッコむ人がいない

このままだと彼は賽銭箱の前で

「ニレイニハクシュイチレイ!」と、叫ぶことになるのだが...

 

「ごめんくださーい!」

 

「はーい!はいはい...っと、あれ?黒たん?」

「いぇす、黒雨さまですよー♪

あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました、今年もよろしくお願いいたします」

 

ぺこっとお辞儀をして

見事な新年の挨拶をする彼は

同じVanneのメンバー、黒雨

 

黒の紋付袴に羽織という正装で

彼だけ時代を間違えたように見える

 

「えーっと、あけましておめでとうございます...てか、その格好ナニ?着物?」

「紋付袴だよー?初詣にはこの格好じゃないとね!行こ、トワたん!」

「行くってドコに?」

「人の話聞いてたー?初詣だよ!は つ も う で !」

「あ、一緒に行こうってお誘いだったりする?」

「それ以外に何があるのさ!」

 

なぜ自分のところに来たのか

他のメンバーは誘わないのか

色々と考えてみたものの

黒雨の行動に意味があったことなどないと気付いた冬羽は

急かす黒雨に言われるがまま準備をして家を出た

 

「むー...」

「黒たーん?なんでイキナリ拗ねてんのー?」

「服装がなってなーい!ジーンズって!セーターにコートって!君は初詣を舐めてるの?!?!」

「いやいや、紋付袴なんて持ってねぇよ

無茶言うなってー」

「これだから最近の若者は...」

「若者って...お前メンバーの誰より年下だからね?」

「減らず口を叩くのはこの口かっ!このっこのっ!」

「やーめーろー」

 

ぴょんぴょんと跳ねながら

唇を摘もうとする黒雨を避けつつ歩いていると

目的の神社が見えてきた

 

「うっは!めっちゃ人いる!やべー!」

 

参道の入り口からずらーっと

人の川が出来ていた

 

「黒たん迷子になるなよー」

「なったところで道は1本だから大丈夫だよ」

 

やれやれ...と、呆れ顔で先を行く黒雨に

置いていかれないように付いていく

...が、その時

 

「ストーップ!鳥居は頭下げて入ってよ!」

「え、あ、ハイ...」

 

なんの意味があるのかと思いつつ

聞いたら長くなりそうだと察知し

大人しく言われた通りにする

 

「あと人が多いからって道の真ん中歩かないでよね!」

「えっ、いや、ほとんどの人が真ん中歩いてるけど...」

「あれは無知か無礼者だから反面教師だと思って!ほら、端っこ歩く!」

「うぃっす!」

 

神社に入るだけでも色々あるんだなと半ば感心している冬羽をよそに

誰もが立ち止まりながら進む中、黒雨だけはスイスイと歩いて行く 

その後ろをはぐれないようピッタリ付いていく

 

「コンコーン♪お狐様、あけましておめでとう!今年もよろしくねぇ♪」

「...あれ石像だけど」

「なんか言った?」

「イエ、何も」

 

それからも黒雨は

御神木に手を振り、灯篭にまで話しかけ

完全な不思議ちゃん状態で参道を進んだ

 

「神様と友達とか言わねぇよな...」

 

ただのおふざけだと分かっていても

黒雨ならもしかして...と、思ってしまう

そうこうしている間に気付けば賽銭箱の前まで来ていた

 

「あれっ?」

「なぁにー?」

「いや、思ったよりすんなり着いたなぁと思って...こんな人混みの中なのにさ、5分くらいしか経ってなくねぇ?」

「僕がいるからでしょ」

 

ちょっと何言ってるかよく分からないが

まぁ、ここはスルーしておこうと決めて

早速、参拝をしようとお賽銭を出した

 

「えーっと...これ、投げればいいんだっけ?」

「投げないで静かに入れるのー賽銭箱が遠くて投げる他ないところは別だけどね」

「へぇ、知らなかった」

 

教わった通り静かにお賽銭を入れ込んで

次はどうするのかと隣の黒雨を見る

 

「二礼二拍手一礼、だよ!」

「ああ、あの呪文?ここで唱えんの?」

「...何言ってるの?」

「え?」

「えっ?」

 

その後、二礼二拍手一礼の正しい意味を知り

無事に参拝出来た冬羽は

黒雨と共に自宅へと戻ってきた

 

「いやー、まさか二礼二拍手一礼が作法とはなぁ...ビックリだったぜ」

「僕は神社で「二礼二拍手一礼!」って叫ぶと思ってた事にビックリだよ」

「デスヨネ」

 

それからしばらく神社の豆知識なんかを教わりつつ

冬羽の初めての初詣は学ぶ事の多い1日となったが

黒雨の謎は去年よりも深まったのだった

 

PM12:00

世間が初詣を終えて

昼食をどうしようかと悩んでいる頃

この男は元旦らしさの欠片もない1日を過ごしていた

 

「ニー...ニャー...」

「ん...ああシャーロット、おはよ」

「ニャーン」

 「...ほら、来い」

 

猫を抱き上げ起きてきたのは

Vanneのクール担当、襲

 

元旦をどうするかと言うよりは

彼は今日が元旦だと忘れている

冬羽と同じくクリスチャンの彼は

やはり年越しはクリスマスであり

お正月の文化には疎いのだ

 

「あ"ー...さすがに昼に起きるのはマズかったか?体ダリィ」

「ニャー?」

「お前は昼夜問わず寝てるから関係ねぇだろ」

「ニャーン」

 

まるで会話するかのように鳴くこの猫は

襲の愛猫、シャーロット

黒くてしなやかな均整の取れた躯体に

すらっと伸びる尻尾

その先には薄紫のリボンが巻かれている

 

「ニャーン!」

 

突然、襲の足に前足をかけ

シャーロットがじゃれつく

 

「あ?...メシ?」

「ニャー!」

「うるせー、ちょっと待ってろ」

 

会話するかのようにというより

本当に会話しているのかもしれない

 

襲は普段ツンデレ...どころかツンツンなのだが

この愛猫には割と甘い

口が悪いのは変わらないが

強請られるがままにおやつをあげて動物病院の先生に注意される程度には甘い

 

「ん、お前の昼メシ」

「ニャ〜ン」

 

テーブルの上に餌を置くと

シャーロットは椅子に飛び乗り

ちょこん、と座る

その反対側に襲も座ると

自分用の昼食を置き一緒に食べる

 

「...美味いか?」

「ニャー」

 

なんとも微笑ましい光景である

他のメンバーが見たらさぞ驚く事でしょう

 

「シャーロット、今日は1日オフだから...ん?」

 

急に言葉を切った襲をシャーロットが不思議そうに見つめる

 

「なんで今日オフなんだ?」

「ニャー?」

 

丸1日オフという事は少ない

しかし今日がそんな特別な日だという感覚もなく

間違っていたら面倒だと思い

スマホを開いて日付を確認する

 

「今日は...1月1日 元旦...あー、正月」

「ニャーン」

「関係ねぇな、メシ食ったらペットカフェ行くぞ...年中無休んトコならやってんだろ」

「ニャー」

 

昼食を終えて片付けを済ませると

襲はリードも持たずシャーロットと外へ出る

 

「ちょっと歩くぞ、疲れたら言え」

「ニャーン」

 

実はこのシャーロット

紐で繋がずとも襲から離れる事はない

珍しいタイプの猫である

 

颯爽と歩く襲の足元に

ピッタリとくっ付いて歩く黒猫

とてもファンタジーな絵面だ

 

やがて襲とシャーロットはペットカフェに到着

オープンテラスで静かに時間が流れるのを満喫し

また仲睦まじく帰宅した

 

そこには...

 

「あ!襲たん、シャーロットちゃん、おかえりー♪」

「おっせーよ襲ぇ♡シャーロット元気?」

「イカ焼き、食べるかい?あ、猫ちゃんにはあげられないな...ごめんね?」

 

「...シャーロット、もう1回出掛けるか」

「ニャー...」

 

もちろん黒雨と冬羽に邪魔されて出掛ける事は叶わず

そのまま襲の家で新年会が行われたのだが

それはまた、別のお話...

VanneSTORY たのしいクリスマス


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「じんぐるべーじんぐるべー♪すっずーがーなるー♪」

「らんらんらーららんらんらんらんホニャララ…へいっ!」

 

「分からねぇなら歌うな馬鹿共」

「俺は分かってたからね?!」

「僕も分かってた!」

 

「「それは嘘だろ」」

 

「はーい、お待たせ皆ー

ケーキだよー」

 

外は雪、事務所の会議室にはクリスマスツリーがキラキラと輝いて

壁を覆い尽くす程のオーナメント達は

空気の流れに身を委ねて揺れている

 

今日はクリスマスイヴ

 

皆で過ごすたのしいクリスマスだ

 

「はいっ!僕イチゴのところがいい!」

 

「どこを切ってもイチゴたっぷりだから大丈夫だよ」

 

会議室を貸し切ってクリスマスパーティーをしようと言い出したのは冬羽だった

Vanneのメンバー全員で集まってのパーティーは初めてだったけれど

どこか懐かしいような、ずっと昔から恒例だったような不思議な気持ちで

ソワソワしながらこの時を待っていた

 

「おい冬羽ちょっと腕上げろ」

「えっ、なに?襲たん」

「袖…コップに入ってんだよ」

「わーっ!!ジュースがあああ!!袖があああ!!」

「うるせぇ!!」

 

まぁね、静かにゆっくり過ごせるパーティーなんて望んではいなかったんだけど

うん、そうだね、これがVanneらしい

 

でも…もう少し…

 

「落ち着いたパーティーが良かった…なぁ…」

「サクたん何か言った?」

「何でもないよ黒雨…ほら、ケーキどうぞ」

「わーい!いただきまーす!」

 

「あっ!黒雨ばっかズリぃ!咲玖たぁん俺もケーキー…」

「はいはい、冬羽と…襲の分もね」

「ああ、サンキュー」

 

「さーーくーー!!イチゴ追加ー!」

「いや、追加ってなに?無いよそんなの…って、なんで綺麗にイチゴだけ食べてるんですか黒雨くーん」

「えー、君スポンジと生クリームはイチゴを乗せるための土台だって習わなかったの?うわー、教育がなってなーい」

 

そんな教育聞いたことなーい…

 

「黒雨、たまには大人しくしろ…俺がイチゴやるから」

「襲たんっ!僕は君の優しさを明日まで忘れないよっ!」

「どっかで聞いたようなセリフだな…」

 

「へいっ!へいっサックー!咲玖もケーキ食えよ!」

「ん?あ、切り分けてくれたの?ありがとう冬羽、いただきます」

 

自分がケーキを食べるのは半ば諦めてたけど、襲と冬羽は優しいなぁ

黒雨も見習ってくれないかなぁ…

 

「あっ!咲玖たん今ちょっと失礼なこと考えてるでしょー!」

「っっ!な、何も考えてない…考えてないよ黒雨…」

「僕だって思いやりくらいあるんだからねー?ほらー!ほらほらー!」

「ちょっ、やめ…なんでフォークでつつくの?!思いやりはどうしたの?!」

「思い槍…ってね」

 

えー…

 

「ははっ、フォークは槍じゃなくて矛だろー」

「あー、そっかぁ」

 

そこじゃない、そこじゃないよ冬羽…

 

 「…あれ、襲どうかした?ケーキあんまり食べてないみたいだけど」

「いや、咲玖お前さ…俺らとクリスマスなんて過ごさねぇ方が気楽だったんじゃねえか」

「ええ?急にどうしたの」

「黒雨はうるせぇし、冬羽は馬鹿だろ…俺だって結局お前に全部任せきりで…疲れるだけじゃねぇ?」

 

「そんな事、考えてたの…襲もなかなかおバカさんだね」

「あ?」

「俺は楽しいよ…今日が皆でやる初めてのクリスマスパーティーなはずなのに、ずっと昔からやってきた事のような感じがするんだ…おかしいよね、ふふ」

 

「それ俺もー!」

「冬羽…」

「僕も~♪初めてって感じしなーい」

「黒雨まで?」

「そうだな、俺も毎年の事で慣れてる気がする」

「ええー?皆そうだったの?

もしかしたら俺達、前世でもこうやって仲良くパーティーしてたのかな…そうだとしたら、素敵な運命だよね」

 

「「「……」」」

 

「こういう時だけ黙らないでよ…恥ずかしい事言った自覚はあるよ」

 

「ほんっと恥っずかしいー!咲玖たん恥ずかしいー!」

「前世でもパーティーしてたのかな…素敵な運命だよね」

「やめて、繰り返さないで冬羽くーん!」

「咲玖…ちょっとかける言葉がねぇけど…なんつーか、気にすんな」

「妙な優しさ出さないでー…いっそ気持ち悪いとか言ってー…」

 

「でもさぁ、運命とか気恥しいけど

俺らには無いとも言い切れねぇよな!」

「わかるぅ、だってミジンコの頃から知ってる気がするしー」

「え、皆ミジンコから始まってるの?人の子じゃないの?」

「人の子だろ、そこは自信持てよ」

 

「来年もパーティーしようぜ!皆で集まってさ!」

「さんせーい!今度はイチゴの追加用意しておいてよね!」

「だからその教育は間違ってるから」

「来年はもっと静かに過ごしてぇけどな…」

 

 

初めて皆で過ごしたクリスマスは

いつもの賑やかさに、甘いケーキ、大変だけど楽しい時間が流れて

あっという間に日付けが変わっていた

 

「んじゃ、あれ言っときますかー!」

「フライングしちゃダメだよ咲玖たん!」

「なんで俺だけに言うの??」

「クラッカー持てよー」

 

「準備はいい?せーのっ…」

 

「「「「Merry Christmas!」」」」

 

パーンっと豪快な音を立てて

クラッカーから優しい色が溢れ出す

今日はきっといい夢が見られる

賑やかで、楽しい夢

そして後悔のない明日がやってくる

Vanneの新しい一年が始まる…

 

 

 

 

 

「A happy new year★良いお年を!」

仏教の人はまだだけどね」

「余計な事言わないのー」

「来年もよろしくな…」