ユメウツツ

君ありて、幸福

アンハッピーバレンタイン

バレンタイン…それは好きな人にチョコレートをあげたり
思いがけず貰えたり、兎にも角にも男女を始めあらゆる人々が一喜一憂するイベントである。

─────AM9:00 冬羽の自宅
「ちょっこれぃと、ちょっこれぃと、ちょこれぃとぉは〜…どこだっけ…美味しければどこのでもいーけどなー」

毎年、ファンからVane宛に大量のチョコレートが届く
残念ながら手作りのものは弾かれ、既製品かつ未開封だと事務所が判断したものだけが渡される

「今年は何個あるかなぁ…いっぱいかなぁ!困っちゃうなー!」

にやけ顔で身支度を整えながらチョコレートへ思いを馳せていると
窓の方からコツンと小さな音がした
気にするほどの音でもなかったが何となく見やると
2回ほど不思議な音がした後

ガシャーン!!

見事に窓ガラスは割られ、家の中に黒い物体が転がり込んできた

「なんっ、な…ど、えっ?」

狼狽える冬羽を他所に黒い物体はむくりと起き上がるなり叫んだ

「あーーー、このクソイベント日本に持ち込んだ奴ら殺したぁい!」

「黒雨くーん?!」

「ほんっとにさぁ、僕の散歩を邪魔した挙句?チョコだのクッキーだの何人も何人も!僕が!食べるわけ!ねぇだろ!」

怒り心頭の彼は割った窓など意に介さずズカズカと部屋の中を進むと、乱暴な音を立ててソファに座った

「あのぅ、黒雨くん…窓が…」

「仕方ない、僕が割りたい気分だったんだから」

近頃すっかり本性を隠す気が無くなった黒雨は
特に冬羽の前で傍若無人だった
それはもう暴君のように…

「今日、散歩に出るのは黒雨くんにはオススメ出来ないなー?なんか、もう手遅れだけども」

苦笑いしながらとりあえず割れた窓ガラスを片付けつつ
彼が道中どんな目にあったのか想像して
人間嫌いの彼にはさぞストレスだっだろうと同情してみたが
割れた窓ガラスを見つめ、やはり理不尽だなぁと再度苦笑いするしかなかった

「はぁ、安心しなよとーわ…窓ガラス代はあげるよ」

「…あ、あざっす」

「どうせ君は事務所に届いているであろうチョコレートの事を想って浮かれてたんでしょー
既製品かつ未開封だからなんだっていうの?注射器でもあれば毒でも何でも入れられちゃいますけどー
そもそも外側に自分への好意を抱いてる知らない人間の手が触れてる時点でキツイ」

「そんなに無理?いや、黒たん的には無理なんだろうけどさ…ちょい荒れすぎじゃね?」

ひとまず窓枠にはネットショッピングした際に荷物が入れられていたダンボールを貼り
冷蔵庫から適当に取り出した缶ジュースを手渡しながら
黒雨の隣に座り顔色を伺ってみる

「例えばこのジュースは飲めるじゃんね」

「まぁね、冬羽からならいいよ…良くないけど許容範囲内だよ」

「んー…やっぱ知らない人間で好意を抱いてるっつーのが無理だと…?」

ジュースを開けてひと口飲み
その言葉に一瞬動きを止めたあとテーブルに缶を置きつつ
ドサッと冬羽の膝へ倒れ込む

「ねぇ、僕こうして君に凭れ掛かるのは今や平気なんだよ
もちろん人間は嫌いだ…怖いし、憎い
けれども、君は無害だ
それだけは知ってる…嫌という程知っているから
いいんだよ君はさ」

「?」

「生きとし生けるもの全て愛する君には解るまい
顔も知らぬ人間共から、得体の知れぬ好意を持って、物が贈られてくる恐怖ときたら
はは、考えただけで震えが止まらない」

言葉通り黒雨の小さな身体はカタカタと震えている

「なんか、理解は出来ねーけど判るよ…あー、言葉が難しいな」

「いや、伝わるよ大丈夫
君は解らなくても仕方ない…なにせ僕の対だもの
前まではこんなにも疲れはしなかった
単純に新人で仕事もファンも少なかったから
まさかね、年々増えるとは思わなかったんだよ
また僕の可愛さが仇となった…」

暗い眼で笑いながら彼は、静かに息を吐き身体の震えを止めると
目を閉じ、そのまま眠ってしまった

あらゆる人々が浮かれ、楽しみ、幸せを謳歌する今日のような日は大抵
彼にとって最悪の日となる
その心労は計り知れない

また、非難こそされ理解はされず
とはいえ心底人間を嫌う彼には耐えきれず
どうしようもなく荒れてしまう

「…それでも俺は生きている黒雨が好きだよ」

すやすやと寝息を立て、もう聞こえない彼に
こっそりと伝えてみる

「何があっても、何をされても、愛してる」

友として…人間として…

「ハッピーバレンタイン黒雨、せめて最悪の日が普通の日に変わりますよーに…オヤスミ」

今日という悪夢が過ぎ去るまで。















著 : 恩田 啓夢 投稿バレンタイン過ぎた。めんご。

A friend in need is a friend indeed

雨の日は、何故だか人恋しくなる
そんな気持ちを知ってか知らずか
雨の日は、友人から電話が来る

「おう、襲だけど」

「おはよう、どうしたの?」

「暇だからお前の家行くわ」

「ふふ、決定事項なんだ?」

「なんならもう着いたしな」

インターホンの音が鳴り、モニターを観ると
通話している襲の姿が映っていた

「わぁすごい、メリーさんみたい」

通話を切り、オートロックを解除すると
しばらくして玄関から鍵音がした

襲とは仕事での打ち合わせや今日のような日に集まることが多い事と
何かあった時に一番頼れるのが彼という理由で
他の二人には秘密にして合鍵を渡してある

リビングに入って来くるなり紙袋を渡された
毎回、手土産を持って訪問する辺り彼の律儀さが伺える

「これ、お前が食いたがってたイカ焼きまんじゅう

「え!イカ焼きまんじゅう?!
俺の家と逆方向のお店のやつだよね?
わざわざ寄って買ってきてくれたの?
ありがとう!一緒に食べよっか!!」

と、満面の笑みでお誘いするも…

「いや、俺はいらねぇ…1人で食え 1 人 で 」

あからさまに嫌な顔をされ断られてしまった
美味しそうなのに、イカ焼きまんじゅう

「お前イカ焼きが絡むとちょっと黒雨っぽさ出るよな」

「ウッソ…俺あんなワガママボーイ?」

「あー違う違う、なんつーかテンションが?
ケーキとか前にした時の黒雨みたいな」

「うっ、そう言われると否定できない…誰しも好きな物の前では幼くなるんだよ、きっと」

苦笑いしながら襲をダイニングテーブルの席に案内してからキッチンに向かい
襲の分のコーヒーと自分の緑茶を淹れて戻ると
対面に座ってイカ焼きまんじゅうの包みを開けた

「見た目はただのお饅頭なのに香りがイカ焼き…すっごい違和感、でも美味しそう」

まじまじとまんじゅうを見つめていると
頬杖をついて俺の顔をじっと見てきた
元々、表情が乏しい彼の顔から
感情を読み取るのは難しいが
「どうぞ、召し上がれ」と言われたので
素直に食べ始める

「…うわ、イカ焼きだ、これイカ焼きだよ襲」

イカ焼きまんじゅうだからな」

「いやいやいやいや、凝縮されたイカ焼きだよこれ
味がすごくイカ焼き、すごい、美味しい」

「そりゃよかった」

そう言った彼の口元は少し、笑っている気がした
語彙力なくなってるとか思われているのだろうか
しかし口の中いっぱいイカ焼きの味なのだ
そうとしか言いようがない

緑茶をお供に3個ほど食べて、残りを戸棚に仕舞う
その間ずっと襲に見られていた訳だが

「…襲、ちょっと俺の事見すぎじゃない?もしかして俺なにか変?」

「いいや?」

「本当に?じゃあ何?嫌とかじゃなくて気になる…」

「俺も気になる」

「んん?」

「お前見てると落ち着くけど、理由が分かんねぇから気になる」

はいはい、なるほどいただきました
俺が女性なら恋に落ちてるやつ
駆け引き始まっちゃうやつです皆さん
イケメンにしか許されないやつです

「俺も襲といる時が一番落ち着くよ」

…というか、例の二人がいない時は大体落ち着くけど
襲は心の友みたいな、戦友感がすごい

「うわ、お前タラシかよ…イケメンにしか許されねぇやつじゃねーかそれ
良かったなお前イケメンで」

そっくりそのままお返ししたい
特大ブーメランにも程がある
あとナチュラルに褒め言葉も忘れないところ
君は本当にそういうとこです
本当に狡い

照れ隠しに席を立ちカーテンを開けて窓の外を見ると
朝早くから降っていた雨は激しさを増していた

「うーわ、これ止むのかな?さながら台風だよ
もう少し落ち着かないと帰るの危ないね
まだ午前中だし、襲しばらく居なよ
今日はお昼トマトクリームパスタ作ろうと思ってるんだけど、苦手じゃなければ食べてって」

ベラベラと一方的に喋っていると
いつの間にか隣に立って外を見ていた襲に
頭をコツンと優しく小突かれた

どういう事か分からず固まった俺に
今度は襲がつらつらと単語を並べる

「社会、家族、仲間、仕事、責任、孤独、集団、リーダー、生活、将来、過去、現実、夢、偽り、傷、痛み、雨…」

ゆっくり静かな声で並べられた単語を
ただ聴いていただけだったけれど
気付けば俺は固まったまま泣いていた

「はい、お前頑張り過ぎ、一人で全部やらなきゃとか考えて抱え込み過ぎ」

「…今の、どういうマジック?」

「さぁ?忘れた、つーか多分やり方も間違ってる
けど、効果あったなぁ…咲玖」

今日、初めて名前を呼ばれた事に気付いた
襲は割と"お前"とか"おい"とか言うタイプだから
特に気にならなかったけれど
このタイミングで、そんな優しい声で呼ばれては
自分の心の内に堰き止めていたものが
決壊するのには充分だった

もう声を出して泣くほど子供じゃない
嫌だと喚き散らすほど今に疲れた訳でもない
ここで全て投げ出すほど嫌いになった訳でもない
強がりじゃなく、俺は皆が好きだ
仕事も、家族も、仲間も、皆…
俺の世界にあるものを愛してる

だけど、人間誰しも日常の中に
避けて通れない不平不満や悩みがある
例えば友達に愚痴を聞いてもらったり
例えば趣味に没頭して発散したり
そうやって皆生きている
俺は、そういうストレスの消化が苦手だ

気付けば心の隅どころか、心の全てがそれで満たされていて
自分ではどうしようもなくなって、体調まで崩す始末
それもただの風邪として済ませて
ただ眠って、解消しないまま押し込んで
また同じことを繰り返してきた

「雨の日って誰でも憂鬱になりやすいだろ、特にお前
オフで雨の日の過ごし方言ってみろ」

「え…ぇっと、朝、起きて」

「起きんの何時?」

「6時…」

「んで?」

「身支度して、部屋の掃除…あと、ベッドカバー取り替えて、洗濯して、朝ごはん作って、ニュース…テレビと新聞でチェックして…」

俺は休みの日でも忙しなく動いていないと落ち着かない
とはいえ雨の日は外に出るのが億劫なので
家の中の事、次の日の仕事の事などあれこれ動く理由を探して過ごしている

「…休みの日なのに休めて無いのは分かってるんだけどね
止まってると色々、考えちゃうから
多分、無意識に避けてたんだと思う」

しばらく涙は止まらず
俺は呆けたまま泣き続け、襲は黙って傍に寄り添ってくれた
ただただ、その静かさと襲の体温が俺には心地よかった

ふと気付くと寝室のベッドで寝ていた
泣きながら襲にもたれかかり眠ってしまったのだろう
疲れた目を擦りながら起き上がると
キッチンのほうから良い匂いがした

そっと様子を見に行くと襲がコンロの前に立ち
何やら料理をしていた

「えっと、寝ちゃった…ごめんね?
運んでくれたんだよね、ありがとう」

フライパンを回していた手を止めてこちらを見やると
何事も無かったかのように短く「おう」とだけ言って
また料理に戻った

「何作ってるの?」

「トマトクリームパスタ、今日の昼メシだろ
俺も食ってく…つーか今日、泊まるわ」

「決定事項?」 「決定事項」

即答されて思わず笑ってしまう

「なに笑ってんだ、問題でもあんのか」

「んーん、ふふっ 無いよ、着替え貸すね」

それから、二人でお昼を食べて
食後にも関わらずゴロゴロして
他愛もない話をしながら、ゲームして
おやつ時にはまた襲がキッチンに立って
美味しいドーナツを作ってくれたので
俺はとっておきの紅茶を淹れてティータイムを楽しんだ

カーテンの隙間から見えた空は晴れていて
朝の豪雨が嘘のように差し込む西日が眩しかった

目を細め、窓越しに見た青空を
優しく流れるこの時間を与えてくれた
友人に…いや、親友に心から感謝しよう

「ねぇ襲」

「んー?」

「晩ご飯は焼き魚がいいな…大根のお味噌汁と、ほうれん草のおひたしも食べたい」

こんなこと、ワガママだと思って
今までお願いした事無かった
けど、許されているのなら俺は
もう少しワガママになっていいのかもしれない

「はいよ、食後のデザートはいかが致しましょうかお客様?」

「ふふ、プリンアラモードでお願いします」

「客は俺だろツッコめや」 「…あっ」

今日は雨のち晴れ
平日の昼下がり、俺達は笑いながら
穏やかな1日を謳歌した

そして、そんな休日の過ごし方は恒例となり…



「おう、襲だけどお前の家着いたわ」

「もはや今から行くって前置きも無くなったね?」

「必要か?」
「ふふ、いや大丈夫」
「はよ開けろ」
「はぁい」

とある休日、また穏やかな時間が始まる。














End.




著 恩田啓夢

相対※伍

f:id:mizunowater:20200611181750j:plain

僕の始まりのお話
まだ誰にも明かしたことの無い僕の真実
それを打ち明けるのが、まさかこんな子供相手だなんて

「くーろーあーめ、早く聞かせろよ
お前が人嫌いだって言い張るワケを」

「うるさい…いま頭の中を整理中なの!
僕が人間に対して最初に抱いた感情は…
…そう、確かに嫌悪じゃなくて…」

物心がついた頃の感情
僕が人として初めて抱いた気持ちは"恐怖"だった

"先生"はそんな僕を治さないまま
恐怖を"嫌悪"に摩り替えてくれた

f:id:mizunowater:20200610233610j:plain

「…せんせい、ぼくはおかあさんをころしたいんです」

無機質な診察室で幼い声が訴える
対面には白衣を着た20代後半の男性医師が1人
真面目な顔で男児の言葉に耳を傾けていた

「どうしてそう思うのかな?
お母さんに何か嫌な事をされたの?」
「いいえ」

「分からないけど殺したい?」
「…生きているのがこわいから」
「生きているのが?」

「おかあさんだけじゃない、おとうさんも
みんな…人が生きているだけでぼくは
こわくて、いやなんです」

その頃の僕は人間として生まれた事に絶望していた
優しい両親と祖父母
何かと目をかけてくれる親戚
おそらく、理想の家族

だけど僕は耐えていた
吐いてしまいそうな気持ち悪さに
毎日、毎日、耐えていた

「いい子ね…可愛い私の子」
ああ、鬱陶しい…気持ち悪くて仕方がない
でも、どうして?
僕はどうしてこんなにもおかあさんが怖いんだろう
どうしておとうさんに抱き上げられると死にたくなるんだろう

どうして

二人を、殺したくなるんだろう…

そんな事を考えながら過ごしていたある日
僕はとうとう耐えかねて
頭を撫でる母親の手を噛んだ上に
嫌だ、やめてと喚き散らした

息子の豹変に母親は特に動揺し
何かの間違いだ、私の子供はそんな悪い子ではないと
自分に言い聞かせ僕を正そうとした

「ねぇ、どうしてママを避けるの?ママのこと好きでしょう?好きよね?」
「…」
「ああ!どうして!?ママはあんなにも貴方を大切にしていたのに!」

「……」

「ママの目を見なさい!

ゆうと! !」


---


「えっ?」

静かに黒雨の生い立ちを聞いていたユウトが
目を丸くしながら声を上げた

「まさかお前の本名って…」

「そうだよ、ビックリした?
さすがの僕も最初に君の名前を聞いた時、ちょーっと驚いたよ…まぁ字は違うけど」

手近にあったメモ帳に自身の本名を漢字で書いて見せた

f:id:mizunowater:20200610221600p:plain

「優しい音でユウトね、今のお前からは掛け離れた名前だな…」

「まさか、僕はこんなにも優しいのに?
…冗談だよ笑え」

「無理」

「はぁ、君ホント可愛くない
ああ、そう、それで話の続きだけど
母親は言うことを聞かない僕を心の病気だと信じて疑わなくなったんだ…」

そして、当時5歳の僕は精神科に連れて来られた
事情を聞いた病院側は
疲れ果てた母親が暴力を振るう可能性も考え
僕を家と親から離す為、隔離病棟へ入院させた

それから毎日、決まった時間に医者と話をした
正直それも苦痛ではあったが
不思議と担当医に対しては
耐えられないほどの恐怖心は無く
思いの外、落ち着いて話が出来た

「幼少期のそういう心は大人になると消えていく傾向にあるんだけど
でも…君は、そうだな
恐らく大人になっても人が怖いままだろう
憶測で悪いんだけどね」

「ぼくもそうおもいます」

「うん、まぁ僕はそれをどうにかしてあげたい
君の気持ちはそのままでいいとしてもだ
大人になってから生きづらくなるはずだ
今も…苦しいだろうけど、もっとね」

「はい」

「人を怖がって怯えていては弱く見られる
すると心無い人間に虐げられる可能性が高まる
恐怖は増し、自己防衛に走ると
君の中に人をある傷つけるという選択肢が色濃くなる

だから、恐怖ではなく嫌悪に変えよう
嫌いなものは避ける選択肢の方が強くなりやすい
もちろん例外もあるけれど…

人が嫌い、だから避けるという思考を君に植え付ける
そうすれば最悪の事態は起こりづらいだろう」

「せんせいはわるいひとなの?」

「まぁ、医者としては失格だね」

少し困ったように笑って背を向け
カルテに目を落とし何かを書き込んだ後
僕の方へと向き直り静かに見つめた
その先生の目は暗く、冷たく、ただ僕にとっては
何より優しかった

「せんせい、ぼくあなたがすきだよ
ひとだけど…すきだよ」

「はは、ありがとう
僕も君が好きだよ」

それから毎日、僕は先生のカウンセリングを受けた
もちろん1、2年で変わるものではなく
先生と出会ってから5年後にようやく全てが終わった
僕はちょうど10歳になっていた
すっかり人は怖くなくなり
代わりに吐き気がする程の嫌悪感を抱えた

「優音くん、君は賢いからきっと大丈夫
また人が怖くなったら僕の所へおいで」

「ありがとう
僕、今はもうあなたが嫌いだよ」

「そうか、それは良かった」

「でも人にしては好きな方だよ」

「うん」

「じゃあ、さよなら先生」

「さようなら優音くん」

ふと病院の出入口に目を向けると両親が立っていた
母は痩せ細り父は疲れた顔をしていた
僕を見るなり駆け寄り抱きつく2人に対して
特に思う事は無かった

「だけど、その温もりの鬱陶しさを
今でもちゃんと覚えてる…」

「だから、怖いんじゃなく嫌いなんだと」

「そうだよ、君のせいでその感情も崩れかけているけどね
先生が施してくれた治療は洗脳みたいなものだから
解かれれば、消える…つまり、そう
僕は今、君が怖い…気がする」

「…」

「残念だったね、僕が君のお兄さんと違って
これじゃ殺される理由も無くなったんじゃない?」

「…ああ」

「じゃあ帰って、二度と僕に関わらないで」

「…いや、黒…優音、教えてくれ」

「なぁにユウト」

「俺の兄貴は、お前と同じだったと思うか?
それとも、ただの気狂いだったと思うか?」

「さぁ?でも、僕と少しは気が合いそう
僕もね、来世は鳥になりたいんだ」

無邪気に笑う彼に兄の面影は無かった
だけど、その瞳に落ちた影は
生前の兄と同じ色をしていた

きっと、兄も人が怖かったのだろう
そして同じくらい憎くて嫌いだったのだろう
そんな感情が掛け合わさり、兄は日に日に壊れていったのだ
ただ静かに、緩やかに、壊れて
そして、母を、自らを死へと追いやった

正しい答えなど判らない事は知っていた
そんなもの本人にしか解らない
だけど一縷の望みをかけて
俺は彼に近づき、こんな所業をしてまで
少しでも兄の心を知りたかった

結果、残ったのは俺が心の鍵を壊した
怖がりの青年一人…これをどう償おう
もう一度、鍵をかける必要があると思うのだが
五年もかかった洗脳を再びと言うのは可能なのか怪しい

「…お前、なんか勘違いしてない?」
「!」

黙り込んだ俺の顔を覗き込み
黒雨が小さく笑う

「洗脳が解けかかった程度で僕が人を殺めると思うなよ
お前は知らないだろうけど、僕には約束がある
仲間と交わした僕の安寧を守るための約束だ
それがある限り、僕は人を殺せない
お前が気にすることなんて一つも無いんだよ」

突き放すような声の後、仕事用の笑顔を作り
「君との仕事はこれで終わり…お疲れ様」
と、肩にぽんと手を置き一瞥すると
彼は楽屋から出て行った

追いかけるにも理由は無く
ただ心の隅に残った言い難い感情の意味を
何度も、何度も探ったが
遂に知ることは無かった

数日後、Vanneの楽屋には
いつも通り机の上にスイーツを並べ
黙々と食べる黒雨がいた

そこへ「おはようございます」と静かに扉を開け
咲玖が現れたかと思うと、黒雨を見るなり傍に寄る

「ふふ、今日は早いね黒雨、おはよう
この間のユウトくんとの仕事どうだった?
サイン書いてあげた?」

「…おはよー咲玖たん
君まだあの子が僕のファンだと思ってるの?
どうもこうもただの仕事だったよ
彼、僕のファンでも無かったしー」

「そうなの?冬羽なんて『黒雨にとうとう俺たち以外の友達が?!』って騒いでたけど…」

僕としてはそもそも君達は友達だったの?!
って感じですけどね、言わないけど

「あーやだやだ、ちゃんと社長にオネガイしておいてよ
二度と外部の人間と関わらせないでって
今回みたいなイレギュラーもお断り!」

「そういうのは自分で言うべき「咲玖たぁん、おねがーい」

「分かったよ…でも、思ったより機嫌も悪くないし
もしかしたらなんて考えたんだけど、新しいお友達」

「ん、ふふ…ははっまさか!
無い無い、ぜーったい無い!
これ以上、関わる人間が増えるとか無理!

だって僕は…そう、君達人間が大っ嫌いなんだから」

f:id:mizunowater:20200611192604j:plain

相対※了

出演:黒雨
ユウト
咲玖

文:恩田啓夢
絵:珈琲チョコ

お読み頂きありがどうございました。

相対※肆

海での仕事から数ヶ月経った今も
「逃がさない」という宣言通り
僕はユウトに付きまとわれていた

しかし相変わらず理由を話してくれない
どうして僕に殺されたいのか
まぁ、恐らく彼の過去が関係していて
僕に何かしらの共通点があったりして
まんまと目を付けられたのだろう

「黒雨ー…俺のハナシ聞いてたぁ?」

今日も我が物顔で楽屋まで入り込み
僕の傍をずっと離れない彼は
聞いてもいない理想の殺され方を教えてくるのだ

「出来ればソファかキッチンでさぁ
包丁使って、心臓か腹辺り?一突きする感じで…
どっかの空き家にでも忍び込んでさ」

謎のこだわりを語るな鬱陶しい
そもそも殺してやるなんて一言も言っていない

聞く限り日常生活の中で突如命を奪われるような
そんなありふれた死に方をしたいようだけど…

さて、彼をいつまでも調子に乗せていては
僕の安息が本当に危うい
ノイローゼになる、ノイローゼに

いい加減ちゃんとワケを話してもらおう

「えー、ソファかキッチンで包丁を使って心臓かお腹辺りを一突きで殺害して欲しいユウトくん
その理由をさっさとお話ください
そしたら殺す気になるかもしれないからさ」

ならないけど

「理由理由って…理由がなきゃ殺せねぇとか
一般人みたいな事言うなよ
少なくとも俺の兄貴は言わなかったぜ」

ほう、お兄さまがいらっしゃる?
いや、いらっしゃった…かな
今の感じだと過去形だろう
理由もなく人、もしくは自分を殺せるような
うわぁ…クレイジーな兄弟

「うん、まぁ 僕は君の兄じゃないからね」

理由は山ほどあるのに殺せないんだよ
この苦しみが君に分かるか?
動機は五万とあるのに死ねないんだよ
この辛さが君に分かるのか?

心の中で問い詰めながら彼の言葉を待つと
その重たい口を開いた

「…アンタさ、俺の兄貴と同じ目ぇしてんだよ
母さん殺して自殺した俺の兄貴にそっくり」

f:id:mizunowater:20191130165810j:plain

「え…」

「はは、なんだその顔…俺の兄貴が同族だったかも知れないって分かって嬉しそうに
けど、残念だったな同族じゃねーよ
兄貴は家族や自分すら殺して見せたが…お前は?
殺しもせず死にもせず嫌うばかり
ただ…いつ会っても殺意は充分ときた
中途半端だよ、黒雨…」

何も言い返せない、何ひとつ言葉にしたくもない

中途半端

それは僕が誰より解っていた事

いつだって殺したかった
死にたかった、嫌いだった…
嫌いで、憎くて、それでいて

(お前は人間が嫌いなんじゃなくてさ)

(人間が…怖いんじゃねーの)

あの日の言葉は今も僕の頭を締め付ける
何度考えても本当は人が怖いのか
ただ嫌いなだけなのか分からなかった

「おいおい黙ってないで何か言えよ
つーか、顔色悪いけど…ああ、もしかして
怒ってる?」

「ねぇユウト…なんで、あの日あんなこと言ったの
…君、あの日 僕に
人が嫌いなんじゃなくて
そう、僕が、ひと を 「 怖がってる? 」

「僕は人を怖いと思った事は無いはずなんだよ
なのに君の言葉が忘れられない
どうして?僕は人が嫌いなだけなんだよ…」

そう思いたいだけだとしても
今更、人が怖いなどと認めたくなかった
あれほど殺したいと言っておきながら
人の愚かさを嫌悪しておきながら
その実、恐怖心からくる自己防衛だったなどと
認めたくはなかった

「じゃあ、人が等しく嫌いな理由はなんだよ
自然を壊すから?動物を蔑ろにするから?
そんな理由でそこまで人を嫌えるモンか?
触られて震え上がるほど?吐き気が止まらなくなるほど?
お前の根源はどこにあるんだよ
そう成った始まりの感情はどこにある?」

遡れば物心の始まり
僕の根源はそこにある
ずっと、あやふやにしておきたかったもの
それを暴かれる日がやってくるなんて
やっぱりコイツは厄病神だ。





NEXT→相対※伍

二度と会えないということ

「お前は、誰かの死を目の当たりにした事はある?」

俯き、サラサラとした髪で隠れた顔を少し上げて
優しい瞳が問いかける

僕はまだ、大切な人を失った事は無い
人の死に触れたことも...

「いつか...絶対に来る、その瞬間は
言葉には代え難い
だけど、覚えておいて
二度と会えないという本当の意味を知った時、大切な人であればある程に後悔が襲ってくる」

優しい瞳は悲しみへと色を変えた

「ありがとう、愛してる、ごめんなさい...何一つ届かない悔しさと、悲しさと、やり場のない気持ちで
頭も心も身体もいっぱいになるんだよ」

きっと、既に"そんな事"を経験したのだろう
涙を堪えているせいか声は震えている

どうすればいいの?

僕は小さく聞いてみた

「会える時を大切にしなさい
伝えられる言葉はちゃんと伝えて
足りない事はあっても、過ぎる事はないから
在り来りだけど、ありがとうも愛してるもごめんなさいも
素直に伝え続けて」

「それでも、最期の時には何か心残りが生まれるものだから
大切な人には、伝え続けて...そして強く生きて、笑って空に見せて」

僕は静かに頷き、そっと手を握った

「...いい子、大好きよ
私の可愛い天の子...優しい優しい子
これからも、ずっと...」

僕も大好き
すごく愛してる
いろんな事を教えてくれた
沢山の幸せをくれた貴女
本当にありがとう...

願わくば、このまま
いつまでも...いつまでも...

ユメ

僕はまた、夢を見ていた
君の隣を歩いている幻(ユメ)を
共に生きている理想(ユメ)を

僕と同じ道を進んでくれる人など
初めからいなかったというのに

永いこと、夢を見ていた

目を覚ませば簡単な答えだけが
ただ、ポツリと転がっていた

僕はずっと独り...

自己満足と、自己肯定と、自己愛とで構成された毎日
幻と理想の夢を追いかける人生
それで良いと思い込んでは言い聞かせ
今日まで、明日も、生きてゆく

目を閉じて見る夢が真実
目を開いて見る夢が現実

果たして僕は、眠っているのだろうか
それとも、眠っている夢を見ているのだろうか

君は本当に...いないのでしょうか。

天使の涙

あの日僕は、僕にお別れをした…


目が覚めるとそこは見知った場所だった
この辺りで一番大きな教会
僕が育った"家"

中に入ると人気は無く、瓦礫で床も疎らにしか見えない
上層部の長年に渡る不祥事が原因で
先日、内部崩壊が起きて潰れてしまった

僕はその不祥事の"被害者"だと教えてもらった
確かにずっと地下深くの部屋に軟禁されていて
だけどそれが普通じゃない事を知る術もなかった僕は
外の世界があること、朝と夜があること、幸せや不幸という概念があること、この世界に救いがあることすらも知らずに生きていた

そんな僕を暗い地下から連れ出してくれたのは
気まぐれだけど優しくて強い女の人と
口が悪くて乱暴だけど温かい手で僕を抱き上げてくれた男の人だった

その時僕は、地下にいた頃に教会の人から言われたことを思い出した

「誰もお前に会いになど来ない
こういう場合、来るとしたら親だろうが...
残念だったな、お前の親はもういない」

親というものが何かは分からなかったけれど
きっとパパとかママとか、お父さんお母さんって呼ばれている人のことだと思った
それと同時に、親がいないなんて嘘だったんだと思った
だって、僕に会いに来てくれた女の人と男の人がいる
この人たちは僕の...「まま、ぱぱ...」

そんなつもりは無かったけれど、自然と言葉にしていた
二人は一瞬びっくりした顔をして、それから笑った

「オイオイ..."ぱぱ"だとよ、隠し子か?」

女の人が男の人の肩に手をかけて寄ると
男の人はため息をついた

「あー?それで言ったらお前が俺の嫁だぞ
なんせお前が"まま"なんだからな」

そんなやり取りをしばらく続けた二人は
ふと僕を見て真剣な顔になった
「どうしたの?」と、声をかけると
女の人が僕の顔を手で包んだ

「うん、決めた...私はお前の親だ
今日から私がママだぞー
...あ、でもお母さんの方がいいなぁ」

苦笑いをしながら男の人に抱き上げられたままの僕に擦り寄ると、優しく撫でてくれた

「十架...」

「?」

「お前の名前、無いんだろう?
親である私が付けてやらないとな、だから十架だ
これから先の人生、この十字架の名前があれば
災厄から守られるだろう
安易だけどな、言葉には力がある
この名前がお前を守ってくれると私が宣言しよう」

「ありがとう...おかあさん」

僕はなんだかくすぐったくて、少しだけ息が苦しくなった

それから三人で教会を出ると、お父さんとは違う黒くて長い髪を束ねた男の人がいた
お母さんが駆け寄って短く話をした後、僕を手招きしたので
お父さんから降りてソロソロと歩み寄った

「これ、私が預かる事にしたから
助けたのは私達なんだ文句はないだろ?」

「...犬猫じゃないんだよ、そんな簡単に決めていいことじゃないと思...「やーだーね!
人の子なのは分かってるよ、でも絶っ対に幸せにしてやる
私は、上層部の奴らみたいにこの子の言葉を否定したり行動を制限したくない
私はこの子に小さな幸せを沢山教えてやりたい」

お母さんはそんな話をしばらくして、僕を抱き締めた

「何もかも間違っていたとしても、ここはお前の家だった場所だ
過去のお前に別れの言葉を告げな?
もうここには、戻らないからね」

そう言うと優しく僕の背中を押して
教会の方へと体を向かせた
僕は言葉を考えた、いっぱい考えた
だけど言葉なんてあまり知らなかったから
どうしても気持ちの全部は表せそうになかった

その時、教会の入口に人影が見えた
そこには紛れもなく昨日までの僕が立っていた

「あえ...ぼく...」

「十架?」

どうしてかなって思ったけど
その気持ちはすぐに消えて
代わりに言葉が出てきた

「あのね、ごめんね...僕いくね
おとうさんとおかあさんが出来たよ
あのね、ありがとね...僕これから外の世界が見られるんだ
それは今までがあったからだとおもうの
それからね、あのね

あのね

さよなら...昨日までの僕...」

何を言っているのか自分でも分からなかった
でも言いたいことは言えた気がした
僕がゆっくりお母さんの方に向き直ると
「これからが始まり」と言って抱き締めてくれた

とめどない涙と一緒に今まで出したことのない声が僕の中から響いていた…

僕は初めて"泣く"ということを知った






著:恩田 啓夢